「石黒一雄」という日本人が書いた本だと思っていたら、英語を翻訳したものでちょっと冷や汗が出た。
偏見なのは承知だが、あんまり翻訳モノは好きじゃないんだよね💦
やはり作者の言葉ではなくなってしまうし、日本語という多彩な表現のできる言語で訳すということは、そこに翻訳者のカラーが入ってしまうような気がしてしまう。
そのせいか、どうも文章が堅く感じて読みにくいのである。
それが、400ページを超える長編で手元に届いたのだ。正直、失敗した、と思った。
偏見はいけない(笑)
こんな思いで本を読んだのは、初めてじゃないかという程の出会いであった。
感動的、衝撃的、面白かった、どんな言葉もうまく当てはまらない。
不思議な感覚である。
物語は、主人公キャシーの回想で構成される。
ヘールシャムの施設を出て、今は立派な介護人として働いているキャシーも、もうすぐ退職する。
生まれた時から定められた運命で、当たり前のようにそれを受け入れて来た。
キャシーが思い返すのは、そんな当たり前の、ありふれた日常である。
しかし読んでいくうちに、ヘールシャムが特殊な施設であることが私達に分かって来るのだ。
特殊なのは、それだけではない。
キャシー達にとっての「当たり前」が、時々私達には異様に映るのである。
それは本当に自然に何気なく言葉に織り込まれていて、どうかすると読み飛ばしてしまいそうなほどだ。
あれっ?と一度通り過ぎてから、二度見するような小さな違和感。
やがて少しずつ分かって来る、キャシー達の運命。
そんな小さなヒントに気を取られ、壮大な伏線を見落としていた。
考えてみれば、キャシーの回想にはどこか不快感がつきまとっていた。
それを放置して読み進んでいたが、そうか、やっぱりそうだよなぁ、と後になって腑に落ちるあたりがまた「やられた」という感じで見事であった。
子供の頃、ちょっと背伸びをしたり、小さな悪戯心を持ったりした過去。
許したり許されたりしながら、時を重ねていく。
わだかまりが残ることもあるが、「運命」を前に彼らは、彼らなりに折り合いをつけていく。
ここで物語の核心に触れられないことがもどかしいが、この本の魅力はストーリーもさながら、キャシーの言葉に時々現れる小さな違和感、その正体が少しずつ明らかになっていくところにあると思う。
とても不思議な感覚だ。
凄い本を読んだ。
ぜひ多くの人に読んで欲しい。
ぽ子のオススメ度 ★★★★★
「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ
ハヤカワepi文庫