希望に満ちて手に入れたはずだったのに、今となっては向かい合いたくない現実である。
手帳。
愛飲しているフランジアのパック1つ分の値段のそれは、使いこなせば理想の人間に生まれ変われるはずであった。
大きな目標を立て、それを達成するために毎月小さな目標を立て、それを達成するために細かく予定を書き込んでいく。
その通りに生活すれば、手帳が終わる頃には理想の自分になっているのである。
買ったのは10月。
私は希望を胸に、手帳のメモのページに「健康的な生活」、「規則正しい生活」、「趣味を広げる」、「教養を身につける」と大きく書いた。
すでに今見ると爆笑である。子供の夏休みか。
10月の目標は、欲をかかずに「手帳活用の定着」であった。
10月最初の予定は「コンポ使い方聞く」。
新しく買ったコンポは聴く事しかできず、もっと広く使いこなしたいと常々思っていたのだ。
11月の目標は「手帳活用、軌道に」であり、まだ「コンポの使い方」という予定が書かれている。
そして今月、12月。
今日初めて開いたのだ、観念して嫌々。
冷蔵庫で腐りかけた肉に向かい合うような気持ちだ。
先月と先々月のスケジュールを見ると、書いただけで全く行動に移されていないことが良く分かる。
だいだい11月20日の「茶づけ!!」の意味が分からん。
コンポの使い方も聞いていないのに、「デジカメ→PCへのやり方」が増えている。
まぁ増えようが減ろうが、もう絵を描いたようなもので、何の意味も持っていやしないのだ。
私はボールペンを握り、今月の目標のところに「手帳を開く!!」と書いた。
これをクリアしないことには、理想の自分にはなり得ない。
軌道に乗せるのも定着も、私には高すぎるハードルだったのだ。
「開く」、ここからである。
そして今週こそ、コンポの使い方を聞く。
「覚える」ではなく、聞くだけなのだ。
これをクリアしないことには、理想の自分にはなり得ないのである。