「じゃ、もう寝るから。」
困惑した顔で、パジャマ姿のダンナがリビングのドアの前に立って言った。
その足元には、エル。
ワクワクしたような落ち着かない顔で、ダンナのほうを振り向いている。
ダンナがこのドアを開ければ、エルは一目散に2階へすっ飛んでいくだろう。
ダンナが困惑していた理由は、それだ。
「あの、エルが・・・。」
嫌なのではない。むしろ、一緒に寝られるなら嬉しいぐらいだろう。
しかし、エルと寝たい人間がもうひとり、目の前にいるのだ。
そしてその人間が、恨めしそうに見ているのである。
待ち切れずにエルは、立ち上がってドアに寄りかかり、「早く早く!」というようにダンナの方を振り向いている。
「どうぞどうぞ、エルが望むように。」
これは逆の場合にダンナが私に言うセリフである。
エルはソワソワとダンナにまとわりつく。
仕方がない。
私の方が多く一緒に寝ているのである。
ダンナがドアを開けると、エルは音を立てて弾丸のように駆け上がって行った。
「エヘヘ、じゃ、おやすみ。」
バツが悪そうに、しかし確実に嬉しそうに、ダンナは去っていった。
さて、次は私だ。
恥ずかしながら、オバケが怖いので私は一人で寝ることができない。
残された猫は、ラッキー、ミュウの姉妹猫と、唯一の雄猫大五郎だ。
ミュウは人と寝慣れていないし、ラッキーは朝方に起こしにくることがある。
ゆっくり寝たいなら確実なのは大五郎だが、その時、ミュウが「ぜひ私と」という感じでドア前で私を凝視していた。
無理だろー、君はEE:AE5B1
もう何年も前に何度か挑戦して、ちゃんと寝てくれた試しがない。
酔って寝る休日ならまだしも、私は明日、スッキリと目覚めたい。
なので、できるだけ大五郎がミュウの視界に入らないように抱き上げて、ササッととりあえず寝室に置いてくることにした。
それから一度リビングに戻って、ミュウをイイコイイコしてあげよう。
手早く済まさなくてはならない。
大五郎は抱っこが嫌いなので、できれば「手早く」などと荒っぽくはなく丁寧にご機嫌を損ねないようにしたいのだが。
しかしここは、スピード重視。
機嫌を損ねる時間も、最短になるよう。
大五郎は、イスの上で寝ていた。
そっと近づいておもむろに抱き上げ、ドアに向かう。
唐突に抱き上げられた大五郎は、ニャアとひと鳴きして私を蹴散らそうとした。
そうはいくか、強く抱くと今度は、爪を立てて肩に上がって逃げようとした。
雄猫で、大きな大五郎。力も強い。爪が食い込み、大きな抵抗を感じる。
それを無理やり押さえつけ、肩から担ぐようにして、とりあえずリビングから出して放した。
一瞬の出来事である。
まさに「拉致」という言葉がふさわしい。
しかし鳴かれたため、ミュウに一部始終を見られてしまった。
後ろめたさからか、ミュウの顔が不満そうに見える。
私はしゃがんでミュウを撫でた。
撫でて、撫でて、撫で倒した。
やがてミュウは満足そうに眼を閉じ、喉を鳴らし始めた。
う~ん、こうなると今度は、去りにくいものである。
すると今度は、すぐそこのリビングのドアをカリカリと掻く音が。
待ちきれない大五郎の催促であるEE:AE5B1
じゃあ行くか、と腰を上げようとしたとき、向こうのソファで寝ていたはずのラッキーが「私も撫でてEE:AE595」とすり寄ってきた。
こういう時、飼い猫ながら野生動物の部分を感じるものだ。ラッキーは「気配」で、ミュウと私のラブアフェアを嗅ぎ付けたのである。
こうなるとラッキーだけ放置する訳にはいかない。
大五郎にカリカリ催促されながら、両手で2匹の猫を愛撫する。
切り上げ時が分からないEE:AEB64
そうだ。ブラッシングをしてやろう。
特にラッキーはブラッシングが好きだから、これで恍惚としている間に消えることにしよう。
恍惚の至福。それを簡単に手放したいものなどいない。
ブラッシングの手を止めようとすると、ラッキーは「もっと!」と催促する。
大五郎のカリカリいう音も、じれるように強くなってきていた。
「ごめんねEE:AE5B1」
キリがないので仕方なく適当に切り上げたが、まるで道端に捨ててくるような気分である。
結局大五郎は私の寝入りばなに布団の出入りを繰り返したので、寝不足だ。
大五郎本人は、朝になったら腕の中でグッスリ眠っていた。
拉致られたことも忘れて。