人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子57歳。

誰がカエルを

このところ、兄夫婦と良く会うようになった。

悪意とか見栄、欲、と言ったもののないふたりで、一緒にいると私も穏やかな気持ちになる。世の中がこんな人ばかりだったらいいのに、と思う。

仲も良いふたりだが、突然「だからー!!」「ちがーう!!」と嫁さんマリちゃんが兄に向かって言い出したのだ。

何の話かと聞くと、兄の昔話が始まった。まだマリちゃんと出会う、ずっと前のことである。

 

兄は友人達と男4人で暮らしていた。

そこにはネズミが住んでいて、食べ物を荒らされることが良くあったとのこと。

ある日、兄がカエルの置き物を買って来ておいて置いたら、目玉がボロボロになっていた。

「ネズミにやられた。」

私もそう思った。

しかしマリちゃん曰く、「現場を見てないよね!?それなのに、そんなこと言っちゃいけない。」

・・・・・ガーン。

 

高確率で、ネズミである。しかし、絶対ではない。

それなのに私達はこんな時、ネズミと決めつけて話をする。

いや、正直私はネズミだと思う。

でも「ネズミにやられた」と言い切ってはいけないのではないか。

人間は、「分からない」と言う状態に不安を抱く生き物だ。答えを得て安心するために、スケープゴートが必要になるのである。

しかしそれは、正しいことではない。それは今までの多くの歴史が物語っているではないか。

たかがカエルの置き物でも、人としての根本に関わることではないのか。

 

自分を客観的に見ることは、難しい。私の隠れていた一面を見た。

カエルの目玉は、兄が食ったのかもしれない。