このところ、兄夫婦と良く会うようになった。
悪意とか見栄、欲、と言ったもののないふたりで、一緒にいると私も穏やかな気持ちになる。世の中がこんな人ばかりだったらいいのに、と思う。
仲も良いふたりだが、突然「だからー!!」「ちがーう!!」と嫁さんマリちゃんが兄に向かって言い出したのだ。
何の話かと聞くと、兄の昔話が始まった。まだマリちゃんと出会う、ずっと前のことである。
兄は友人達と男4人で暮らしていた。
そこにはネズミが住んでいて、食べ物を荒らされることが良くあったとのこと。
ある日、兄がカエルの置き物を買って来ておいて置いたら、目玉がボロボロになっていた。
「ネズミにやられた。」
私もそう思った。
しかしマリちゃん曰く、「現場を見てないよね!?それなのに、そんなこと言っちゃいけない。」
・・・・・ガーン。
高確率で、ネズミである。しかし、絶対ではない。
それなのに私達はこんな時、ネズミと決めつけて話をする。
いや、正直私はネズミだと思う。
でも「ネズミにやられた」と言い切ってはいけないのではないか。
人間は、「分からない」と言う状態に不安を抱く生き物だ。答えを得て安心するために、スケープゴートが必要になるのである。
しかしそれは、正しいことではない。それは今までの多くの歴史が物語っているではないか。
たかがカエルの置き物でも、人としての根本に関わることではないのか。
自分を客観的に見ることは、難しい。私の隠れていた一面を見た。
カエルの目玉は、兄が食ったのかもしれない。