「ああっ!?」
それを見て、つい声が上がってしまった。
しまった、忘れていた、一体いつから・・・。
それは、鍋である。分かりやすいオチだ、ノーヒントでいけるだろう。
つまり、この「あるものを調理済み」の鍋の存在を忘れていた、ということである。
私は休日に調理をしないので、早くても金曜日の鍋であった。そしてこの鍋の存在を思い出したのが、昨日、月曜日である。
鍋の中身は「鶏ハム」であった。
初めて作ったのだが、鶏の胸肉を持て余して、このままではまた腐らせてしまう、どうしましょう、そんな時に出会ったレシピである。
至極簡単、塩を振ってハーブを挟んでラップとホイルで巻き、茹でて放置だ。
しかしこの手軽さが仇となった、「茹でて放置」。
そもそもこの肉に味付けをしたのは、さらにさかのぼる事10日ほど前であった。
レシピはジップロックに密封して2~3日となっていたのだが、やはり忘れた。この段階ですでに一度忘れられているのである、この肉は。
やがて10日ほど経って「ああっ!?」となるのだが、ダメもとでレシピを見たら、「塩漬けの段階で1~2週間は大丈夫」とのこと。なんと私向きのレシピなのだろうか。
ただし「季節による」となってはいた。まぁ一番寒い時期である。2週間よりも4日も少ないし。
そしてこれを巻いて縛って包んで茹でた。
茹で時間は短い代わりに、自然に冷ますとのことだ。半日。
そう、今度はここだ。
この「半日」のところを「3日間」。もはや「冷ます」ではなく「放置」だ。
さすがにこれは怖い。
冷蔵庫ではなく、キッチンの鍋である。
ふたを開けてみると、汁が濁っている。ウッ、これはくるぞ、と覚悟をして匂いをかいだが、意外と無臭。
それどころか、猫たちがわらわらと集まってきたのだ。
しかし、どうにも気が進まないので、結論を先延ばしにしたかった。袋に入れてそのまま冷蔵庫に入れた。
もと野生動物である猫は、ご他聞にもれず嗅覚が発達している。
ウチの猫4匹のうち2匹には缶詰をあげているのだが、ちょっと古いと食べる前に見向きもしない。
ちゃんと鼻で判断しているのである。
だから私はすっかりそれをアテにして、迷った缶は皿にあける前に猫に嗅がせるようにしている。
そんな猫たちが鼻を鳴らして寄ってきたのである。あれはまだ望みがあるぞ。
しかし彼らはいい、理屈ではないのだ。本能的に判断ができる。
私はあのハムが、10日間冷蔵庫で熟成され、茹でたまま3日間放置されていたことを知っている。
猫のように鼻はきかないし、迷いも出る。
とは言え、ここでまた迷ったら、今度は冷蔵庫で3度目の「ああっ!?」である。
こういう際の毒見は、私の仕事である。リスキージョブだが、保険料は一般的である。
食べたのはさっき、ほんの15分ほど前、冷蔵庫に入れてから1日経っていた。
いよいよラップをはがしてまな板の上に乗せてみたが、やはり猫たちがすっとんできた。
つい猫に試し食いをさせたくなったが、いいや、自分の尻は自分で拭く。それが鼻のきかない人間なのである。
何だか普通に美味しそうだったので、切っている途中でつまんでしまったのだ。
何よ、美味しいじゃん。というか、ハーブが弱いな。改良の余地はあるが。
本当の結果は今後数時間になるのかもしれないが、どうやら高確率でイケそうな気がする。
正しい穴から正しい形で出てきたら、早速明日のダンナの弁当に入れてみよう。
自家製ハムだ。なんか嬉しい。