人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

全力疾走

運命の日だ。転院。

もうエルを救ってくれる可能性があるのはこの病院しかない。

ここがダメならもう時間がない。

木曜日の大学病院の予約まではもたないだろう。

昨日の夜の面会。

いつも最初に看護師さんに、「具合はどうでしょうか?」と挨拶代わりに聞いていたが、

ここ3日は「やっぱり呼吸がつらそうで・・・。」と言われ続けていた。

昨日もそう言われたが、見て驚いた。

お腹を上に向けて胸をバッコンバッコン膨らませてグッタリしていた。目もうつろだ。

絶句してしまった。

いつもは後でゆっくり話をしてくれる先生もすぐに来て、

「もうこんな感じなんです。成長して肉付きが良くなってきて、それが肺を圧迫して・・・。」

そこまでしか聞けなかった。周りもはばからずに泣き出してしまった。

あと1日で転院なのだ。

もちろん転院して治るとは限らないが、ここにいる限り治療法がないので死ぬしかないのだ。

転院の希望を目の前にして死んでしまうのか。

夜は眠れなかった。

ウトウトすると「エルが死んでしまう!」と目が覚めてしまうのだ。

長い夜であった。

朝迎えに行っても、エルの状態は変わっていなかった。

酸素ボンベごと車で移動する。

酸素室のケースを時々覗くが、状態はあまり変わらない。

時々正気の目になって体を起こすが、それに疲れてまた横になってしまう。

これで次の病院でできることがあるのだろうか。

長い連休だった。

すぐにでも連れて行きたかったのだが、転院先が折悪しく改装中で

受け入れができなかったのだ。

「100m、全力疾走している状態です。」

転院先の安田先生は言った。

前回、レントゲンを持って行った時は

「この子は助けられるよ。奇跡とかそんなレベルじゃない。」そう言ってくれたのだが、

今日は表情が違う。

「せっかく連れて来てもらって申し訳ないんだけど・・・これはかなり厳しいです。」

やはり遅かったのか。

「助けられない確率が高いです。それでも覚悟ができていますか?」

これまで、助かる確率はゼロだったのだ。

たとえ3%でも5%でも、可能性があるならそれに賭けたい。

このまま死ぬのを黙って見ているなんてできない。

こうして治療をお願いする事になったが

「正直僕も、これはどうしたものか、というのが本音です。」と言われてしまった。

私達はこの少ない可能性にすがっているが、先生は魔法使いではないのだ。

様子が心配なので、診療時間が終わる頃にもう一度様子を見にきます、と言って

病院を後にした。

私もダンナも寝不足でクタクタだったので、近くの健康ランドで時間まで寝ることにした。

しかしほとんど眠れなかった。

「残念ですが・・・。」という先生の声が聞こえるのだ。

長い時間がゆっくり流れて行く。

6時前に病院へ行くと、「ちょっと落ち着いたから。」と面会を促された。

そこで見たエルの姿は・・・。

本当にぶったまげてしまった。

エルはちょこんと座って「なんでそんな顔してるの?」という風にキョトンとしていた。

こんなエルは何日ぶりだ?

名前を呼ぶと手を伸ばしてきた。

「エ、エルが・・・。」

先生は魔法使いだったのだ。

受付に戻ると先生が「どうでした?」とニコニコ寄ってきた。

こんな気持ちで病院を出るのは、何日ぶりだろう?

先生は、胸骨の問題ももちろんあるけど、肺炎がちゃんと治っていない、

これが治ればもっと楽になるはずだから、

肺炎を徹底的に叩く、と言った。

それと、これまで使っていた酸素室を、「空気の出る場所がない。」と指摘した。

環境も良くなったのかもしれない。

もちろん、まだまだ安心はできない。

でもまさかこんな展開になるとは思いもしなかった。

帰りの車は、久しぶりに明るい会話になった。

エルの呼吸が少し楽になって良かった。

エルも久しぶりに眠れることだろう。

私も今日はゆっくり寝たい。

相変わらず酸素室のケースの中で見づらいですが、

甦ったエルです。