「例えばね、昔良く聴いたビートルズのLPを選んで聴こうとする。好きだったLPだ。ちょっとワクワクしながらそれを手に取って、プレイヤーに置く。いよいよそこに針を落とそうとしたその時に、思い出せちゃうんだよ、あの頃の気持ちがありありと。そうしたらさ、なんかもういいか、みたいな感じになって、聴く気が失せちゃったんだ。もう分かったから、聴くまでもないかなって。」
兄のその例えは、なんと飲酒についてであった。飲みに誘われても「あんな感じ」が想像できて、またあれをやるのか、という気持ちになる。
何だか時間ももったいないし、そんなんで最近はあまり積極的には飲んでいないという。
「お前も晩ご飯食べに帰らなきゃならないでしょ?俺、吉祥寺でレコード見たいし。」
兄は私をけん制するように言った。
図らずも飲酒欲求が下がっていたところだ。ちょうどいいと言えばちょうどいいが、こんな風に言われてしまうと味気ないものだ。心のどこかでまた以前のように兄と深酒することを期待していたのだろう。振られたような気持ちになる。
それでも私のジョッキは、相変わらずなかなか減らなかった。酔いも回らないので、やはり言葉が思うように出てこない。話題を厳選するあまりにテンポ感が生まれず、こうなったらもういっそ、酔ってしまいたいと願う。
「じゃ、これ飲んだら帰るわ。」兄のチューハイは、もうなくなろうとしていた。
ビールから始まり、チューハイのような割りものが来て、本来ならワインか日本酒になるところである。
酔いの回らない私は、楽しい時間を作れなかったのではないかという思いになる。これまでは「早く帰る」「そんなに飲まない」と言っても、結局はとことん飲んでいたのである。「もっと飲んでいたい」という気持ちにさせられなかったのは、こいつが足りないせいじゃないのか。
「もうちょっと飲んでいけば?日本酒あるよ。私も飲むから、それだけ付き合ってよ。」
兄は苦笑いしたが、「日本酒か。ウン。」と大人しく従った。この1杯が分かれ目になるだろう。
結局兄は翻らなかった。
私の方はウーロンハイのジャブも効いていたようで、ようやく気持ち良くなってきたところである。
乙女ゲームの話をし、自分のバンドのライブの動画を見せ、あぁもしかしたら兄はいつも、無理して合わせてくれていたのかな、と思う。
兄は、楽しそうに話を聞いてくれる。「いいね。」と言ってくれる。だから私は嬉しくて、酔うと何でもかんでも話していた。
もうアルコールの魔法は、効かなくなったのだ。兄にも、私にも。
国分寺の改札を抜けた時には、まだしっかりしていた。それでも私は、魔法にかかりたかったのである。家に帰ってから、また飲んだ。とことん飲んだ。
結局私は、変わっていないのだろうか。
どっちに転がっても、悩ましい。
飲みたいのか飲みたくないのか、分からない。
9%のサワーの空き缶が残されていた。
二日酔いである。