人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子53歳。

 

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給湯器交換よろしくキラ

母が亡くなってから、遠方に住む叔母とメールでやりとりするようになったのだ。

叔母はもう80を過ぎているのに、海外に住むイトコがやり取りしやすいようにとiPadを買ってくれたそうで、シャキシャキと使いこなしている。

大好きな叔母だが、あまり元気がないようなので、負担にならないよう頃合いを見ながらメールしていたのだ。

こうして年配の人にメールを出してみて気が付いたのは、絵文字顔文字を使えない不自由さである。逆に言えば、いかにそれに頼っていたかということだ。

私など性格的に人の顔色を窺うところがあるので、絵文字顔文字を多用していかにも友好的であることをアピールするきらいがあった。

これを一切使わないで文章を書くと、そっけなく冷たい感じがしてしまう。

そこをいかに暖かい文章にするのか、難しいところである。

結果、やたら「!」が多い(笑)

他人や業者に対する連絡も然り。

こういういわゆる公式の場では絵文字など使わないのがマナーだが、先日やりとりした給湯器の業者さん(風呂場がピンチである)は、非常にフレンドリーであった。

のっけから、「お問い合わせありがとうございますEE:SE056」「お見積もりをお出ししますEE:AEAAB」と絵文字満載。

やはり私が感じるのと同じ理由から多用しているのか、まぁ私はかえってこの方がやりやすいから構わないが、返しに困った。だからといって私も「お願いしますEE:AE5BE」なんて言うのもどうなのか。

かと言って、むこうがこれだけフレンドリーに低く出てきているのにかたくなに「はい」「わかりました」では、ちょっときつい感じがしないでもない。

なので、例の「!」をほどほどに入れるにとどめておいた。

そして最後のやりとりで、

業者さん、変換ミス(笑)

ご丁寧に入力し直しているあたりが、微笑ましい。

やっぱり絵文字はコミュニケーションの潤滑油になり得るのではないかと、改めて思ってしまったIT世代である。