人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子54歳。

 

<拍手機能について>拍手機能を外部から追加しましたが、反映するまでタイムラグがあるようです。励みにしてますので、ご理解いただいた上でポチっていただければ嬉しい限りです。よろしくお願いします。なお、拍手機能はスマホ版に表示されていないようで、使用できない方には申し訳ありません。

きさらぎのクリスマスソング

箱一杯の写真が、今一番の頭痛の種である。

「今一番」の前に大量のチケットとプリクラ写真、CDのタイトルと歌詞のコピーでかなり消耗していたので、その下から出てきた写真を見てゲンナリだ。

チケットやコピーを1とすると、写真の量は10ほどか。

自分のもの、ダンナのもの、娘ぶー子のもの、それらの子供の頃から最近まで。

そして人にあげるもの、人からもらったもの、ジェイ・ケイ、ポール・マッカートニーの写真。

これらも何年か前に決心して途中まで整理したのだが、後から後から追加され、すでにアルバムに貼っちゃった時のものが出てきたりして嫌になってしまったのだ。

しかしこのままでは、ますます嫌になるばかりである。

後から出てきた分をどうするかはまだ考えつかないが、とりあえず誰のものか分かるように分けて、古い順から揃えよう。

これが今日のメインであった。

午後2時半から4時まで、1時間半。

終わらんだろうが、一度には無理だ。

そして、昼の11時から30分、中途半端に開いてしまった。

それぞれの予定が30分単位で済まなかったりした結果だが、じゃあ簡単なものを、と、ここに「手紙整理」を入れたのだ。

ふはは。

その通り、結果的に今日のメインはこっちになってしまった。

つくづく捨てられない女である。

センチメンタルで、ケチで、執着心が強い。

ついでに告白すると、ゲーム用のメモをとっているノートも捨てられずに残してあるという有様だ。

そんな女が残している手紙類である、やはり大量だ。

それらはお菓子の缶と、3つの袋に入っていた。

厳密に言うと年賀状が1箱分あったが、これらは先日、ある程度処分した。

ある程度(笑)

写真つきのものと、親友からのものは捨てられなかった。

しかし今度はこの「写真つき年賀状」が私を苦しめている。

あまりに苦しいものは後回しにして、手紙に着手したのであった。

もうバンバン処分するつもりであった。チャチャッと30分で。

しかしこちらも開けてみれば、ぶー子がたどたどしい文字で書いた手紙から、滅多に手紙を書かないダンナからのもの、友達からの心暖まる手紙などが混在していて、バンバンとはいかない。

実は、これでもやはり数年前にかなり処分したのである。

それまでは、学生時代に授業中丸めて飛ばされてきた手紙なんかも、全てとってあったのだ。それこそ1センチ角ほどの小さいものまで。

今日改めて見てみると、そんなに小さいものはなくなっていたが、高校時代の手紙はまだいくつか残っていた。

トホホ・・・、懐かしいのー、捨てられんのーEE:AEB64

カードの類も大量だ。

これはもう、いらんだろ。内容は「おめでとう」しかないし。

しかしカードである、どれも綺麗だったり可愛かったりして、さすがに便箋とは単価が違う。

小学校に上がったぶー子宛の、「ともだちひゃくにんできるかな?」というカード。

鬼じゃ。

これを捨てたら私は鬼になってしまう。

ええいくそ、メッセージの入っているカードは全部キープだEE:AE4E5

時が経てば、気持ちも変わる。

高校時代の手紙には踏ん切りがついたのである。いつかカードも処分できる日が来るはずだ。

急くな、無理をするな、今はまだその時ではないのだ。と、いうことにする。

その中から、メッセージのないものだけ捨てることにした。

実家の母からのクリスマスカード・・・、うっ、こいつは胸が痛むね。

飛び出す絵本のように立体型になっていて、中には何だか分からないが、プラスチックの細い棒が一杯ついている。

プラと紙類は分けなくては@東村山市。

簡単には取れなかった。

できればそっと綺麗に取りたかったのだが、ビクともしないのでむしりとったのだ。

すると中からズルズルズルッと小さな機械やコードが出てきて、突然クリスマスソングを奏で始めたので超驚いた。

見るとプラスチックの棒はチカチカ光っていて、大盛り上がりである。

曲は、3曲続いてから止まった。

フー。何だか罪だ。ひどい事をしてしまった感。カードはビリビリだ。

しかしここまでやってしまったのだ、仕方がない。

音源をゴミ箱に入れようと動かすと、それはまたけたたましく鳴り出した。

ああ、怒ってる、怒っていらっしゃるEE:AEB64

電池が切れそうなのか、私が半殺しにしたのか、若干音痴なあたりがなお悲しい。

ここにきていろいろ処分しているが、ハッキリいってこの作業が一番切なかった。

これらは「自分の記録」ではなく、「自分に捧げられた記録」なのである。むげにはできない。

ひとつひとつ読み返しているが、そのせいでとてつもなく時間がかかり、1時間に延長したがひと袋もカタがつかなかった。

写真と手紙。

当分はこの整理に縛られることだろう。

あぁ、気が重い。