人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

午前の訪問者

とても忘れっぽいタチである。

忘れそうだな、と思うことは、たいてい忘れる。

ビールを冷やす、風呂を沸かす、ご飯を炊く、このあたりなど日常茶飯事だ。

忘れっぽいことは自覚しているので、絶対に落とせないものは厳重に備えるが、それでも忘れる事柄が多いと言うことは、全てにおいて厳重に備えなくてはならないという事なのだろうか。

ちなみに一番多い備え方はメモを書いて必ず目に付くところに貼る、という方法だが、あまり備えすぎると家中メモだらけになって、かえって見なくなる恐れがある。

なので適当に忘れることも必要悪なのである。

で、忘れていた。彼が来る事を。

午前中に来ると言うので寝ていたらまずい、これは厳重に備えるべきケースだったのだが、ゲームに夢中になって備えること自体を忘れてしまった。

昨日は酒も飲まずに2時に布団に入ったのだが、案の定アルコール切れで眠れなかった。

いまや「2時に寝る」というのは早いほうなのだが、酒のせいで寝不足である。

正確に言うと、酒がなかったせいで、という事だが、まぁ酒がコトを左右しているという意味だ。

なので朝起きてダンナにご飯を出し、着替えに寝室に戻ったらあっさり寝てしまったのだった。

ダンナが出掛ける5分前に目覚ましを合わせておいたのだが、ダンナが出かける6分前に「もう行くよ、そのままでいいよ」と言いに来たのでそのまま寝たのであった。

目覚ましはそのとき消したままであった。

勝手に目が覚めるに任せたが、案外すぐ起きるものである。

9時半に起きて、あ??2時間も寝たのか(笑)

そう、9時半に起きて、体、重いなぁ・・・などと考えながら階段を下りた。

まずは歯磨きである。

朝起きてまず歯磨きをすれば起きるサイン、しなければまだ寝るぞという事である。

起きる決意の表れの行為だ。

歯医者が「歯磨き粉を使うな」と言うので、モンダミンでうがいをしてから歯を磨く。

眠い。

かったるい。

私はまだ半分眠りの中にいた。

その時である、彼が来たのは。

ピンポーンという音ひとつで、すぐさま思い出すことができた。

なにしろ「厳重に備えるべき事柄」だったのである。

彼はトヨタのお兄さんであった。車検が終わったウチの車を届けに来たのだ。

うわー、超寝起き。

出るか、しらばっくれるか、とっさの判断で、これは「出ないと面倒な事になる」と覚悟を決めた。

「はいー」インターホン越しに返事をすると、案の定、相手はトヨタくんだった。

早く出なくては、しかし私の下半身はパジャマ、寝起きで目がちゃんと開かない、顔も洗ってない、頭、ボサボサである。

全部直すのは不可能だ、私は短時間に修正できるものから優先順位をつけ、まず頭を手ぐしでととのえ、顔をゴシゴシゴシッと両手でこすり、頬をパンパンと叩いた。

解説する必要もないかもしれないが、手ぐしでボサボサの頭をヘナヘナまで落ち着かせ、顔をこすって目クソを拡散し、頬を叩いて目を覚ましたのである。

「はい~」と言ってドアをゆっくり開けると、そこには彼が立っていた。

来た時と同じ、細身でメガネの好青年である。

何度も書いているが、私が弱いタイプだ。

「お車、お届けにあがりました」

白地に薄い赤のストライプのシャツ。

ワックスで軽く立たせた黒髪。

黒いふちのメガネに商業的爽やかな笑顔。

朝のすがすがしさに営業マン独特のはつらつとした喋り方が、寝起きの私には痛い。

「あー、お世話様でした」

書類を受け取り、ササッと身を引く。

とにかく距離をとらないと、自分のどこにボロが潜んでいるか危なっかしくてしょうがない。

彼は残りの車検の料金の金額を言ったが、は?寝耳に水とはこの事よ、金なんかないっつの。

てっきり後で誰かが払ってくれるだろうと深いことを考えていなかったが、誰かってダンナしかいないんだから確認しておくべきだったのだ。

この場合、何と切り出したらいいのだろうか。

お金がありません、なんて言うのはストレート過ぎるが、原因はそこである。

早く早く、細身でメガネの営業マンが待ってるよ。

「あの~、今払わなくちゃいけないものですか・・・?」

しくった、最初の「あの~」が余計に情けない感を出してしまった。

この言い方、もう「金がない」って言ってるのと同じじゃん。

あらかじめ分かってたのに、用意しない忘れんぼ。しかも寝起き。

結局特に面倒もなく振り込む事になったが、はー、朝からイケメ・・・細身でメガネの前で赤っ恥かいて目が覚めたのだった。

床を拭きました。

大して綺麗にならなかったので、残念であります。