レース中の事故で生死の境をさまよった元カーレーサー、太田哲也氏の自伝である。
1998年5月、全日本GT選手権レース第二戦。
事故でコースアウトした車に衝突、太田氏の車は炎上大破する。
炎上した車に取り残された場合、30秒以上過ぎると生命は危険な状態におかれるというらしいが、彼の場合は救出まで1分半近くが経過していた。
混沌とした意識の中、彼は死神を見る。「少し若いけれど、君は濃い人生を送った」。
死を予感した太田氏は死神を振り払い、自分を呼ぶ声の方へ走っていく。
「生きることは辛いことだよ。」
死神はそうとだけ言い残した。
その通りであった。
彼のやけどは「三度熱傷、範囲60%」というもので、「三度」は皮膚の再生は起こらないという重症であった。
何とか命は取りとめたものの、そこから地獄のような治療とリハビリの始まりである。
やがて、自分の体の状態が把握できてくるにつれ、太田氏は生きる気力を失くしていく。
実際、重度の熱傷患者の多くが、絶望して自殺するという。
そんな中、家族に助けられ、同じような境遇の中にいる人と出会い、彼は再起を果たす。
実に2年6ヶ月。
治療には、麻酔を多用できないために激痛を伴うものもあったようだが、彼はある日、苦痛を和らげる方法を思いつく。
レース中、高速で走る恐怖感をなくすために、「運転しているのは自分ではなく、自分は後ろから見ている」と客観的に捉えるようにしていたとのことだが、その応用だ。
「この痛みは自分のものではない」と念じて痛みの回路を閉ざすという。
実際に痛みがなくなる訳ではないが、痛みから生じるストレスからは逃れられるので辛さがないと。
そんな考え方は、精神力の強いレーサーであったからできたのではなかろうか。
この本は、そんな彼がつまずき、挫折を繰り返しながらも這い上がっていく様子が克明に描かれている。
強さが美しい。
感動の1冊だ。
ぽ子のオススメ度 ★★★★★
「クラッシュ・希望を絶望に変える瞬間」 太田哲也
幻冬舎