「は?何、ヒトカラって。」
まさか娘ぶー子が知らないとは思わなかった。
「ひとりカラオケ」などと縁がないという事は、恵まれている事になるのだろうか。
しかし私も、未経験であった。
ラーメン屋にひとりで入るにもためらうのだ、「ひとりでカラオケにやってきました」だなんて。
寂しいヤツだと思われるだろうか。
どんだけ歌いたいんじゃい、と思われるだろうか。
典型的な日本女子の思考である。
歌の練習をする場所がない事は何度も書いてきたが、どうやら平日昼のカラオケがとても安いという話をダンナが掴んできた。
1時間100円。
ワンドリンク制だが、スタジオの2200円に比べれば激安だ。
ついでに欲張って、ワンコインのランチも狙う事にした。
それによって恥ずかしさのハードルがさらに上がったが、この際「毎週ランチタイムにボイストレーニングに来るプロっぽい人」あたりのレッテルが貼られるようにしてしまえば、腹もプライドも満たされるだろう。
そう、毎週。
毎週できたらいいなEE:AEB80
せっかくだから、走って行く事にした。
そのため荷物は極限まで減らし、MP3プレイヤー、小型のスピーカー、財布、携帯、これらをウエストポーチに入れて駅前まで走る。
ジョガーの仮面をかぶり、ヒトカラの気配など出さず。
あぁなんで、カラオケよりもジョギングの方が響きが良いのだろう?
昼のカラオケボックスは、それなりに人が入っているようで、たったひとりの店員はてんてこ舞いしていた。
そこにランチとお茶と氷抜きの水の注文まで入れる私は鬼だが、同情すれば腹が減る。
私はこの後また走って帰らなくてはならないのだ。
悪いができるだけ早く持って来てくれる事を願う。
失敗したと気づいたのは、20分ほど経った頃か。
カラオケに入っていない曲を練習するために、演奏なしのアカペラで大声を張り上げていたが、その途中でいきなり店員がお茶を持って入ってきた。
カラオケボックスなのに、カラオケを歌っていないのである。どんだけその曲ラブなのかと。
しかも大声を出していたために、店員の入室に気づかず、本当はいきなりなんかではなかったのだが、ヒイィッ!!と腹から悲鳴を出した。練習の成果だ。
しまった、今回はお茶だったが、この後にランチが来るのだ。
簡単なランチだ、早いか、しかし忙しそうだ、遅いのか。
いつ来るんだ、いつ、あぁ集中できない、いっそもう来ないでくれ。
結果は後者の遅い方であり、集中できずにほとんどの時間をドアに気を取られてしまった。
ほとんど。
本当になかなか来なかったのだ。
しかも練習を再開するには、このランチを平らげなくてはならない。
生姜焼き定食を食べながら歌を歌った事などなかったので、食後どうなるかが不安だ。
吐いたりゲップが出たりしたら嫌なので、生姜焼きを見ながら1度だけスカッと歌う。
あぁ、ひとりってイイ。
「外すかもしれないけど思い切っていってまえ」「ここシャウトするとどうなる?」などの挑戦的実験ができる。
挑戦的実験だ、あられもない音が出て撃沈することもあるが、これがないと先に進めないのだ。
練習になったと思う。
ランチをフガフガ食べていたら「お時間10分前」の電話がかかってきてしまった。
しまった、延長するなら10分前に決断していなくてはならないのだった。
あと何分でこれを食べ終わり、残り時間で何回歌えるのか。
そんな、いきなり聞かれても・・・。
「すみません、ご飯がさっき来たばっかりでまだ食べてまして、延長するかは食べ終わった時間で決めたいんですけど・・・。」と言うと、あっさり10分サービスしてくれた。
しかし突然の事でつい「ごはん」などと自宅飯のように言ってしまった。
10分サービス相当の小さな恥であった。
受付でお礼を言って帰る。
いい場所を見つけた。毎週来たいぐらいである。
しかし、ヒトカラにランチは不要だ。遊びじゃなく練習ならなおさら。
重くなって苦しい腹を抱えて、帰りも走る。
ジョギングの前のランチも不要である。