「ヘッドフォン出したのぽ子?」
朝だ。
珍しく早くに目が覚め、7時半にはもうリビングにいたが、テーブルの上のヘッドフォンを指して、ダンナが言った。
「朝方ここからビリー・ジョエルが流れてたよ・・・。」
ヘッドフォンが繋がっているコンポは操作ボタンが上部についているので、猫が乗ると押されてしまうことが良くある。
仕事から帰ると音楽が鳴っている事も、しょっちゅうなのだ。珍しい事ではない。
「でも見たらボリュームが45になってて・・・。」
普段聞いているボリュームは、大体15前後である。
なので爆音化したビリー・ジョエルを、ヘッドフォンがスピーカーの役目をして部屋中に流していたと言う事だ。
年寄り世代は知らないが、音楽は断然大きな音で聴いたほうが良い。
いいスピーカーで低音を効かせて聴くと体に振動が伝わってなお良いのだが、家庭ではそんな条件は揃わないのが普通だ。
なので我が家ではカーステレオの方に少々手をかけたが(正確にはかけざるを得なかったのだ。理由はこちらを参照)そんなんで、気持ち良く音楽を聴くには車、という状態である。
しかし彼は「できれば酒を飲みながら」と言っていたのだ、車はダメだ。
酒を飲めば車はダメ、家で飲めば音量に制限が出てくる。
良い環境で彼のCDを聴くのは難しい。
環境を落とすか、条件が揃う日をあてどもなく待つか。
最後の出勤日の昼礼の時、課長は1枚のCDをくれたのだった。
彼は自分で編集してCDを録ることを得意としているので、過去にも何度かもらった事があった。
主にジャンルはテクノだが、ふざけてとんでもない曲が入っていたり、普通に誰でも知っているような曲も入っていたりして、オリジナリティのある仕上がりになっているのでテクノに詳しくない私も毎度楽しませてもらっている。
今回のCDに入っている曲目は4月14日のコメントに入っているので興味のある方はそちらを覗いて欲しいが、そこに彼は「できれば酒を飲みながら、大きな音で聴いてください」と添えていたのだ。
せっかくだからそのようにしたいと思ったのだが、いざ聴こうとなると結構難しいことが分かってきたのだった。
自宅で音量を上げて飲みながら聴く。
できなくはないが、住宅地なのだ、限界がある。
恐らく課長のCDだ、爆音で聴けたら素晴らしいだろう。
しかしそれを可能にするアイテムがあったのだ。ヘッドフォン。
耳をすっぽり覆う、大きいタイプだ。
これなら深夜だろうが、誰にも迷惑をかけずに爆音で音楽を聴くことができる。
しかし別に問題が出てきてしまう。
ヘッドフォンで音楽を聴く、という事は、完全に孤立しなくてはならないという事である。
酒はダンナと飲んでいるが、ダンナをほったらかしてひとりCDを聴くのは気が引けるし、だいたいひとりで飲みながらヘッドフォンで音楽を聴くなど、薄気味悪い画である。
まぁ環境は整った、あとはチャンスを待つとしよう。
ダンナは飲むとすぐに寝てしまうのだ。
そういう時に聴けばいい。
そしてそのチャンスは、その日にやってきたのであった(笑)
退職した金曜日、私たちは駅前で飲み、ゴキゲンで家に帰ってきたのであった。
家では新しいバイトを始めた娘ぶー子が仕事の話をひとしきりし、ダンナは呆気なくその間に寝てしまった。
ぶー子も彼氏の家に泊まりに出かけていったので(申し遅れたが、元カレと復活したようだ・笑)、早速酒と私とCDだけが残されたのである。
途中で中断されたくなかったのでダンナを叩き起こして布団に移動させ、私はCDをコンポに入れてヘッドフォンのジャックを挿した。
一体どれ程の時間だったのだろうか。
中には知っている曲も数曲入っていたが、そのどれもテクノ風にアレンジされていて、オラオラオラ、と煽るように乗せてくる。
ボリュームはどんどん上がり、中盤に入ると、お客様以外は禁煙となっているこの部屋で堂々とタバコを吸った。
踊らせるジャンルなのだ、自然と体が動いてくる。
しまいには、上半身をブンブン振っていた。
曲の流れも最後は「これ聴いて死ねェェェェーーー!!」ぐらいのすごい揺さぶりである。
酔うと感受性が豊かになるものである。
いつもより刺激を受けやすくなった酔っ払いのぽ子が、完全に外界と遮断された状態で爆音テクノのフィナーレを迎える。
あの姿を見たものは殺す。
狂った。
ひとり狂った夜であった。
私はクラブという場所に行ったことはないが、すごく行ってみたい場所である。
ただ、最後にこのような場所に行ったのは25年ほど前のディスコにまで遡るのだ。
勇気がない。
しかし、束の間のプチクラブ体験をしたと思う。
クラブに行く勇気がない方にはオススメだ。
同居人がいる場合は、負けず劣らず勇気がいるかもしれないが。