今日はモデルのバイトだ。
モデルと言っても雑誌や広告に載る方のではない。
絵だ。
つまり、じっとしている人間であれば、美醜は問わない方のモデルである。
そしてバイトと言っても、頼まれごと程度のものである。
実家の母の所属している油絵クラブのモデルだ。
これまでも何度かやったが、もう娘ぶー子にバトンを渡してあった。
さすがに15年ぶりである。
そして、描く側も15年ぶりであった。
あの頃すでに結構な年齢だったはずで、もう老人クラブの形相である。
9人はみんな勝手に喋り、9人はみんな勝手に結論を出す。
しかしそれでも円満なのが老人なのだ。
面白い集まりである。
ワンピースを着て来いというので、レースのワンピと重ね着するタイプの流行のものを着て言ったのだが、母は「何だか若い人のは良くわからないわ。」と言って、別の人に何か着るものを持ってくるように頼んでいた。
その人は何着か持って来たのだが、勝手な9人なので決めるのが大変である。
「これ、派手めでいいじゃない?」
「やっぱり最近は地味な色が多いのよね。」
「これだけじゃおかしいわね。」
「だからこっちは脱がないのよ。」
「脱いだらどうかしら。」
「これ、いいわね。」
「こっちがいいわよ。」
「いい」や「悪い」も、他人の一言で簡単に寝返ったり、頑固に譲らなかったりする。
なのでなかなか決まらないが、いつかは決まるのだ。
それが彼らの時間の流れである。
次は背景に使う布の柄でモメる。
それいいじゃない?と言って決めたところで止めればいいものを、「ここにもたくさん、あったわよ!」とでかいケースを持ってきたので延長だ。
特に私の母は、広げた布をたたんで戻さないでポンポン出して行くので、私はそれをひとつひとつ手を伸ばして持って来てはたたんでいった。
親子の立場はいつか逆転するのだ。
最後には彼女の着替えからトイレの世話をする事になるのだろう。
さて「仕事」だが、20分座り、5分休み、20分座り5分休み、20分座り20分休む。
私の読みでは次の20分で終わりであったが、その後20分は3回あった。
合計6回の20分だが、思ったよりキツく、これをあと2日やるのかと思うと気が滅入った。
まず何となく予想はできた事だが、眠くなった。
最初の20分と長い休憩の後の20分は比較的楽だったが、他の4回は漏れなく眠くなった。
眠気に抗うには、大変な根性と労力を必要とする。
なので私はたいくつな仕事よりもハードな仕事の方を選ぶようにしてきたのだが、これはそう言う意味では拷問に近かった。
万が一寝ても大したダメージを与える事はないが、自分のプライドに大きなダメージを食らう。
9人が凝視する中で眠る。
図太いにも程があるってものだ。
しかし時間が進むにつれ、目玉があらぬ方向に勝手に泳ぎ出す。
動く事も喋る事もできない。
私はできるだけ刺激的なことを考えるように努めるが(その多くはゲームにまつわることであった)、そのうち思考力も低下し、ポワ~ンとなってくる。
20分はギリギリの限界だ。
来週はもう分からない。
そして、座っているだけでも疲れてくるのだ。
「楽な姿勢でね」と言われていたが、実は最初、ちょっとこれでは足に力が入ってるかな?と思った姿勢であった。
でもたかだか20分の繰り返しだとナメていたが、最後には足も腰も痛み、オシッコを我慢する幼児のようにモジモジしていた。
来週は何とか微妙にポーズを変えるつもりだが、どの辺までごまかるのだろうか。
しかしこれで6千円だ。
実働120分で6千円、時給3千円。
破格のバイトだが、年金生活をしている老人からは貰いにくい額である。
私は、ボランティアでいいから、この金は今後の活動費にでもしてくれとカッコ良く言うつもりであった。
しかし思いがけない苦痛に、だんだんその気持ちは揺らいできてしまった。
なので一度は遠慮したが、まぁ私以外の人でも同じ額を払っているのだ。
1日潰れちゃったし、とか何とか言い聞かせながら全額貰ってしまった。
その6千円は、皆から集めたそのまんまのビニール袋に入っていた。
何だか胸が痛んだが、有難く生活費のタシにしたい。