例えばカレーを食べに行く。
初めて入ったその店のビーフカレーが気に入ったなら、次に来る時も、その次に来る時も、半永久的にビーフカレーのみを食べ続ける。
他におすすめがあろうと限定があろうと、ビーフカレーである。
そして、その店以外では食べないのだ。
こうして彼女の中でのカレーは、そこの店のビーフカレーのみとなる。
それが娘ぶー子だ。
彼女は初めての学校見学に行った大学が気に入り、「ここでいいや」と適当に決心してしまった。
しかしそれは危険である。
しかも気に入った理由は「キャンパスがきれい」、である。
そして気に入ったきり、受験活動を止めてしまった。
この学校は12月まで、AO試験という面接と論文のみの試験を毎月やっているので、余裕ぶっこいているのだ。
しかしそれで本当にいいのか??
大学は他にもたくさんある。
今日びキャンパスなどどこだってきれいだ。
もっと色々な学校を見て、その中でチョイスするべきではないのか。
夏休み最後の週の三者面談で、「あせって下さい。」と先生は強く言った。
志望校を提出してない生徒など、もうほとんどいないのだ。
「ほら、今決めちゃいましょう、候補をっ!!」
そう言って担任は学校ガイドを3冊出し、「何勉強する!?もう理数社会はダメなら英語ぐらいしかないな、ハイ、外国語、英語・・・近いところで偏差値は・・・。」と1時間かけて候補を絞ってくれた。
ぶー子は圧倒されてそれを面倒そうにノートの隅に書きとめた。
「今週中に何校でも見学に行って!!それで早く候補を絞ってAO試験だ!!」と送り出されたのだが、結局今日までどこにも見学に行かなかった。
それどころか候補を書き出したノートをなくしてしまい、また学校の候補しぼりからやる羽目になってしまった。
そしてそんな面倒な作業は、ぶー子はやらない。
「確かこんな名前だったような・・・。」
うろ覚えの記憶から2校引っ張り出してきて、資料請求をしたのは10月に入ってから。
そのうちのひとつは「パッとしない」と切り捨て、残るひとつの学校見学が今日だったのである。
私も同行した。
埼玉のド田舎である。
駅。
誰もいない・・・。
なんと、待合室。
中はこんな感じ。
な~んも、ない。
しかしぶー子は「ここまで田舎だとかえってスゲーよ、テンション上がる!!」と浮かれ出した。
そのまま学校まで田舎道を15分ほど歩く。
「おはようございます~~~!!」
学生が元気に声を掛けてくれる。
ぽ子は大学という所に入った事がない。
なのでたまげたが、高校とはスケールが違う。
ぶー子は公立だから、なおさらである。
これは面白いことになってきたぞ。
受付でドリンクをもらう。
冷やしてあるペットボトルから好きなのをどうぞ、だって。
やっほ、凄い!!
二日酔い気味の喉にカルピスウォーター。
しかも学食おためしチケットがついていた。
この時点で頭の中はランチのただ食いでいっぱいになる。
一方ぶー子はイケメン探しに夢中で、肝心な部分に感心を示さない。
ホールで説明会があったが、「イケメンが少ない・・・。」とボソッとつぶやいた。
しかし説明会で、ぶー子の学部は海外留学に力を入れていることがわかり、ほんの少しだけ興味を持ってくれたようだ。
次は学部の説明会と、体験授業である。
恐らくここで、ぶー子の気持ちが決まるだろう。
彼女は器が小さいのだ。
それ以上の情報はぶー子には入るまい。
ところがこれが、うまいことぶー子のハートを射止めた。
まず学部の説明で、留学先にスウェーデンもある、と聞いた瞬間、ドロンとしていたぶー子の目がキラッと光り、こっちをみて「スウェーデン!!」と言った。
スウェーデンとはぶー子曰く、世界で一番イケメンの多い国である。
「アドリアン・・・。」
そして、イケメンフィギュアスケーターのアドリアン・シュルタイスの母国でもある。
そして、ネイティブによる英語の授業、少人数制のクラス、600人の留学生が集うキャンパス、ラウンジに常駐するネイティブ教師。
これはすごい。
さらに、英語で受ける授業を体験したが、これがまたとても楽しかった。
こんな風に勉強できれば、イヤでも英語がうまくなるぞ。
盛り上がってきた私達は続けてAO入試対策を聞きに行き、個別面談を受けに行った。
善は急げである。
または、鉄は熱いうちに打て。
私達を迎えてくれたのは、50代と思しき知性と教養が溢れる感じの女性であった。
「では、何か聞きたいことはありますか?」
まずこう聞かれたが、ぶっちゃけ聞きたい事がないらしいぶー子は絶句した。
しばらく沈黙があった後、専門学校を希望していたがやりたい事がみつからないために急いで学校を決めている、気に入ったのでもっと情報が欲しい、というようなことを正直に言った。
この後30分ほど先生は丁寧に学部の説明や授業の特色を話してくれたが、聞けば聞くほど・・・、
違う・・・・・(汗)
と言う気持ちになってきた。
とてもいい学校である。
素晴らしいと言っていい。
しかし、素晴らし過ぎるのだ。
ここは本当に英語が好きで、向学心のある者が来るべきところである。
消去法で英語を選んで、AOで楽して受かりたい人間が来るべきところではないのだ。
「頑張って下さいね!」と気持ち良く送り出されたが、心の中は「ごめんなさい」である。
こんな、こんなうす汚れた親子がよこしまな気持ちで来てしまって申し訳なかった。
あまりにも場違いだったので、学校を後にした帰り道でふたりで爆笑してしまった。
「やっぱ、あの学校でいいや。」
ぶー子の気持ちは固まった。
最初に見学したあの学校だ。
まぁいい、人それぞれだ。
ぶー子にはぶー子のペースがある。
のんびりした学校で、適当に4年過ごすのが彼女の生き方なら仕方がない。
あくせく情報集めをしてキリキリと切羽詰って学校探しをしたくない人間も、世の中にはいるのだ。
長い時間をかけて、私もぶー子を尊重できるようになってきた。
嫌でもそんな気持ちにならざるを得ない、それほどマイペースのぶー子である。
そろそろ私の手で引っ張ったり押したりする事は止めにしなくてはならない。