朝、洗濯物を干し終えてベランダから部屋に入ろうとすると、そこに人がいたので軽く悲鳴が出た。
娘ぶー子であった。
ごく近所に住んでいるので珍しいことではない。それにしても、こんな登場は驚かされる。いちいちサプライズが好きなところは、変わらない。
同居のパートナーが部屋に職場の人を呼びたいから、その間ぶー子は出掛けて欲しいということだった。
こんなに長い時間をふたりで過ごしたのは、一体どれぐらいぶりになるのだろうか。
いつの間に私達夫婦も歳をとり、いつの間に「新しいもの」というものが入らなくなっていた。
それはかつて、ぶー子から私達に風のように吹き込んでいたのだ。
いま私達は閉ざされた家の中で、私達の持ちうるカードをただ繰り返し出し合っていた。
久し振りに窓が開き、風が入って来たのだ。
洋服のコーディネイト。
新作のゲーム。
新しい出会い。
彼女の話は尽きない。
一方私も、やれ食べろ、やれ眠れ、風呂はどうだと客人扱いだ。そんなことをしたくなる母性があったことに、ちょっと嬉しくなる。
このまま一緒に過ごしたくて、つい夜更かしをしてしまった。
朝になればぶー子はぐっすり寝こけていたが、そのままそっと寝かせておきたいと思えるのは、この子はもう私の手を離れてしまったから。
あと何度、この家でこの子が眠ることがあるだろう。
最後にぶー子は、私の嫌いだった「ドライフラワー」という曲を聴かせて帰って行った。初めて歌詞を見たが、それはとても切ない歌だった。歌詞とメロディが重なった時、またそれは大きな風を巻き起こす。
ドアが閉まる。
彼女が去った後は、いつも台風が過ぎた時のような気持になる。
また静かな閉ざされた日常が戻って来た。
まずは、嵐の残骸を片付けなくては。
「ドライフラワー」を聴きながら、彼女が着たパジャマを洗濯機に突っ込んだ。