人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子56歳。

俺!俺!

「オレオレ詐欺」の名称が「母さん助けて詐欺」になったらしいが、ぶっちゃけどうなのか。

長い、言いづらい、おかしい、どこをどうとってもそぐわない改名である。恐らく定着しないであろう。

そんな詐欺師が、ついに母の下に降臨した。

母から電話があったのは、朝の9時頃だ。

今日は会うことになっていたが、いくらなんでも早い。

電話を取ると、不安そうな声だ。不吉。

「なんか、変な電話がかかってきたのよ・・・。」

これまでいくつもの訪問販売の餌食になってきたが、これも口を酸っぱくして気をつけるように言ってきた。

まぁそもそもうちの兄は、金に困っても実家に泣きつくような人間ではない。気がついたら餓死しているクチである。

母もそれぐらいは良く分かっていると思いたいのだが、訪問販売もオレオレも日々進化しているのだ。思いもよらない手口で現れることは警戒しなくてはならない。

母の説明によると、タクと名乗るその男は(恐らく名乗ったのではなく、先に母が言ったのだと思う)、財布と携帯をなくした、警察に届け、見つかったら母のところに連絡するように言った、とのことだ。

おかしな話である。てめーの落し物の連絡先が、実家とは。

そもそも兄は、滅多なことでは実家に電話をしない。

声もおかしかった。

「上司には話した」というが、兄はフリーのピアニストである。

おかしいという事は母も気づいていたが、じゃあどうしよう、という事である。

兄でないことは分かっているのだから、引っかかるということはない。また電話がかかってきても、「アンタ違うでしょ。」とでも言えば済む話だ。

そういう意味では心配はないが、このまま逃がしていいものか?

まだ金はせびられてないが、一応警察に知らせることにした。

警察は母のところにすっ飛んでいった。

その間にも「タク」から何度か電話があり、いよいよ金の交渉に入るのだ。

つまり、財布がないので金がない、とりあえず上司から金を借りたが、母よ、いくらか貸してくれないか。

横には警察官がふたり、ぴったりついて母に指示を出す。

「いくら、いくらって、その、あの・・・、」とまごつく母に、「100万ぐらいなら何とかなる」と言うように促す警察。

そこで「誰かいるの?」と聞かれて、それっきり電話はかかってこなくなった。

警察の存在が伝わってしまったのかもしれない。

1時間ほど待って、おまわり、撤退。

電話がかかってこなくなったと言うが、予定通り母がうちに来てしまったら、その間、「タク」の電話は受けられなくなるということだ。つまり、オレオレ詐欺の犯人を、みすみす逃すことになりかねない。

母はもうかかってこないと思うと言い張ったが、今日は会うのをやめにした。

今日だけ網を張るように、説き伏せる。

必要なくなった母の分の昼ご飯は、実家まで持っていくことにした。

他にこまごまとしたものを揃えてから電話をすると、「今ちょっと、にぎやかにしてるからEE:AE5B1」と慌てた様子。

その後、また「タク」から電話があり、警察官が増員されてやって来たそうである。

届けるものだけ届けたが、後に母から聞いたオチは本当につまらないものである。

警察官から犯人を捕まえるのに協力して欲しいと頼まれたが、危険だからと父が断固断ったというのである。

電話も核心に迫る前に途絶え、何となく収束に向かっている感じだ。

まぁ父の気持ちも分からなくもないが、オレオレ詐欺で誰かが危険な目に合ったという話は聞いたことがない。

奴らは金が欲しいだけなのだ、わざわざ刺したり沈めたりはしない。

だいたい息子を名乗っているのだから、犯人本人が受け取りに来ることはまずないだろう。ATMなり、どこかを経由させるはずだ。

つまり、ほとんど安全と思われるというのに、犯人の検挙に協力しない、ということである。

この後どれだけの被害が出るのか。警察もやりきれない思いで、母のもとを去った事だろう。

ケンカばっかりしてるくせに、あの年頃の男は良く分からん。

母も私も無念である。