人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

デジャヴ

父のマンション近くの、大型スーパーに寄っていく。

以前住んでいた街だ。昔は時々来ることがあったが、数回の引っ越しを経てすっかり縁がなくなっていた。

そんなスーパーの入り口を通ると、凄まじいデジャヴ感。

共に、ゾッとする様な嫌な予感。

ああ、そうだ、・・・・・。

ここ、この間来たよね。母の服を買いに。

亡くなった母との最期の10日間。

疎遠にしていた期間を埋めるように、私は忘れないよう何度も反芻していた。

それでもこのことは忘れていた。病院の外だったからか。

「お母さんの着る服を用意するように、看護婦さんに言われた。」

兄からメールが来た。

母の着る服。

モルヒネで意識もはっきりせず、もう全くコミュニケーションはとれなくなっていた。

ここで言う「服」は、退院するための服ではない。

それでも私は諦めていなかったのだ。この最後通告のような言葉は私を打ちのめした。

しっかりしろ、母が最後に着る服だ。ちゃんと用意しなくてはならない。

極めて事務的に、私は用意することにした。

父にも伝えたが、普段着ばかりでいいのがない、服とかオレは良く分からんとのこと。

それで買いに来たのがこのスーパーだったのだ。

兄との付き添い交代の時間が迫っていたので、私は焦っていた。

重大な任務だ。適当にしたくはない。

白地に黒とグレーの大柄の花模様のブラウス。

思い返せば私は母と、何度も服を買いに行ったことがあった。

母は痩せているので、首回りがあまり開いていない服を選んでいた。

これにグレーのパンツを合わせた。

「先ほど入ったばかりのブラウスなんですよ。」

店員が笑顔で言った。

母と一緒にこの服が消えるまで、あと時間はどれ程残されているのだろうか。

やがて私は、激しい空腹感を感じた。

食べ物が喉を通らず、ウィダーインゼリーばかり食べていたが、急かされるように私は食品売り場へ向かった。

欲するがまま、牛肉のカルビ焼きが載った弁当を買い、家に戻った。

それを半分ほど食べたところで、兄から電話が来たのである。

「急いで、気を付けて病院に来て。」

父と一緒に、と言われたが、急ぐことを優先するなら別々に行った方が早い。

私は車で、父はタクシーで向かった。

父と一緒に行っていたら、間に合わなかっただろう。母は私が着いてものの数分で亡くなってしまった。

遅れて着いた父は、しばらく状況が飲み込めないようだった。いや、飲み込みたくない、という感じでもあった。

私は買ったばかりの服のタグを外していった。

私は初めて、父が母を名前で呼ぶのを聞いた。

ぼんやりとそんな事を思い出していたら、父からスマホに電話がかかって来た。

「ぽ子か?悪いんだけど、来るときにレモン4個買って来てくれないかな。」

私の人生から母が消えて、代わりに父が入って来た。

十数年ぶりの、家族の団欒が待っていた。