人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

「お前は鶏のなんだその手羽先の中にミンチの入ってるやつを食べたことがあるか?」と言って買って来た、父の手羽先餃子を貰いに行ったのである。

ただ貰って帰るだけでは気の毒なので上がっていったが、本当に不思議な人である。

「お前、これ知ってるか?そこのゲオっていうお店で安かったから買って来たんだけど。」

父は音楽にしても映画にしても、良く中古のDVDを買って来る。

だからと言って、

「イ・ビョンホン!?」

本当に、何でもいいのである。「ちょっと聴いてみてよ。」

なぜかイ・ビョンホンを流しながら、インド旅行に行った時の話を聞く羽目に。

最後にライブ映像が流れたが、「これはきっと後楽園だぞ。こんな大きな会場はそれぐらいしかないからな。」と言った。

イ・ビョンホンが終わると「じゃあこれ知ってるか?」と、今度は「冬のソナタ」を持って来たのだ。さすがに知ってるが、なぜ今!?安かったのか?

例によってまた途中の第何話からで、全く興味が湧く展開ではない。ところが初めてまともに見るヨン様がドストライクだったことに驚きである(笑)

「あとさ、これ、お前、何だか分かるか?オレ機械とか良く分かんなくて。」

父が差し出したのは、小型のテープレコーダーであった。

中にはカセットが入っていたが、この様子では父はいじっていないだろう。恐らく、今は亡き母のものが入っているはずだ。

激しく気になる。

「これいい?」

「持って行くよ。」

一応何度も言ったが、自分が喋ることに夢中で全然耳に入っていかない。もういいや。勝手に持って来てしまったのだった。

私はそれを、帰りの車の中で再生してみた。

音楽が好きな人だった。晩年良く聴いていたのは、ショスタコーヴィチあたりか。

でもこれ、録音機能の付いた小型のものである。何か講演など、録ったのか。

ガサゴソ。生録音らしい雑音が入る。

「えーっと。息子がこれを持って来てくれたので、録ってみます。」

どうやら誰かに向けたボイスメールのようだ。

ごく短く、特に内容はなかった。今後これでやりとりしよう、というようなことだけ話し、「それじゃあ。」と言って、その後はその前に録音されていたと思しきジャズが流れだした。

多分、兄のテープだったのだろう。そして兄がこのレコーダーを母に渡したのだろう。

このレコーダーのことを、「私でも使えるぐらい簡単なものだから」と言っているぐらいである。まだ元気な頃のはずだ。しかしこのカセットはこのままここに残っている。

誰に渡るはずのものだったのか、もう知る由もないが、最初の一往復すらしないで終わっているのである。このレコーダーはこの母の往路だけで、その使命を終えたのだろうか。

私は、母の死後に母の声を聞くことが怖く、留守番電話など全て消去してあったのだ。

こうして今、亡き母の声を聞いて、どんな感情も湧いてこなかったことが不思議であった。

それでも多分、唯一残された母の声である。

私は大切にとっておくことだろう。

父の手羽先餃子は、その日のうちに全部食べてしまった。

美味しかった。