人を断罪できるのは、神だけ。
クリスチャンの作家が書いた言葉だ。
いかにも宗教的だが、やはり人は人を断罪すべきではないとは思う。
その人にしか窺い知れない事情というものがある。むしろ、その人のことなんてその人にしか分からないのだ。それを「あいつが悪い」などと他人が言えるものではないのではないか。「この人にはこうする理由があるのだろう(あるいは気付けない無邪気か)」と考えるのが思いやりで、思いやりのある世界には摩擦は起こらないだろう。
私達の思いの及ばない部分は、「神」が知っている。断罪は神に任せろとのことだ。全てを見渡せるのは、全能の神だけと。
まぁ神の存在についてはよー分からんが、自分に見えるものはほんの一部でしかないこと、正しい裁きはちゃんと全部見える人がやってくれると考えれば、色々と許せてくるような感じがしてくるのだ。
というか、ほんの一部しか見えないくせに、断罪する権利はあるのかと。己の小ささを知るべきだ。
本来人は、歳を取るほどに自分の小ささを知って人に寛容になっていくものだろうに、自信ばかり強くなり、些細なことすら許せなくなる人もいる。
「許せない」という感情は、自分を苦しめる。それなのに、許せない。
私も時に、そういった気持ちで苦しむことがある。
苦しみから逃れるには、許すこと。
どうしてそれが、できなくなるんだろう。
思いやりを要求しながら、思いやれていない。
身勝手だな、と思う。
生きている限り、変われるチャンスはある。
転生信じるぽ子、この周回でもうちょっと成長してやりたい。
そして何百、何千回目の転生では世界中の人間が一人残らず思いやりに溢れていて、世界中が平和に溢れているのだ。まさに理想郷。
みんな、頑張ろうぜ!!