人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

別れの終わり

ミュウが死んでしまったことはすでに書いたが、最後の日のことを書き残しておきたい。

 

 

静かであった。

普段テレビをつけっぱなしたりしないので、いつも静かは静かなのだが、ことさら静かに感じる日であった。

ミュウはもう、歩くことができなくなっていた。

それでも動きたい意思はあるようで、立ち上がろうとする気配があると、お腹を持ち上げてやる。

足が軽く床に触れるぐらいの高さにしてあげると、自力で歩いているように前へと進んで行く。

行き先は、いつも水場だ。

そしていつも口をちょっとつけて、諦めたように向きを変えてしまう。

 

シリンジで飲ませようとしたが、嫌がるのでこれはやめた。

ストローで吸い上げた水を口の端から入れると、いくらか飲みやすいようではあった。ただむせるので、体力を消耗してしまう。

できることは、指先を濡らして口を湿らせてやるぐらいであった。これは受け入れてくれた。

 

呼吸はかなりゆっくり、体を支えると心臓がバクバクいっているのが伝わって来る。

ただ、穏やかではあった。

声を掛けると反応して体を起こそうとするので、そっとしておいた方がミュウにとってはいいのだろう。

私も我慢だ。世話を焼きたくなるのをグッとこらえて最小限にとどめる。

 

このまま静かに逝くのだろうか。

できることなら、腕の中で看取りたかった。前兆があるなら、それを逃したくない。

私はネットで情報を漁った。

しかし最期の様子は様々で、そこに立ち会えるかは偶然の要素も大きい。

この晩は私もダンナも、リビングでミュウを挟んで眠った。

 

ミュウは夜中に何度か鳴いた。

か細い、今にも消えてしまいそうな声だ。

猫は、親猫、または自分の子猫に対してしか鳴かないという。ミュウは「親」である私達を呼んでいるのである。

もう目を閉じることもできず、瞳孔は開きっぱなしだ。混沌とした暗闇の中で、必死で呼んでいるのだ。

その全てに答えられるよう、ひとつひとつに返事をする。大丈夫、安心して。

こうして朝になった。ミュウは這って、すぐ隣にまで来ていた。

 

ダンナは名残惜しそうにミュウに声を掛けて、仕事へ行った。これが最後になるかもしれないという思いだっただろう。私も辛い。

ミュウをよく見ると、少し呼吸が早く大きくなっていた。これは前兆なのだろうか。

前夜はよく眠れなかったので、ミュウを胸の上に乗せて寝ることにする。

ところがミュウは下りようともがいたのだ。下ろしてやる。

 

しばらくウトウトとしたようである。

またミュウが鳴いたので、口を濡らしてやることにした。

見ると、口呼吸になっていた。「前兆」だ。私はミュウを膝に抱いた。今度は嫌がらなかった。

撫でたり声を掛けたりしたが、芳しい反応はない。意識があるのかないのかも分からない。時々、ピクンと軽いけいれんがあった。

やがて呼吸の間隔が長くなり、このまま止まるのかと思われた。その時。

 

仕事を終えた娘ぶー子が現れたのである。

「ミュウ、死にそうだよ、早く!!」というとぶー子は部屋に飛び込んできて、ミュウを撫でながら声をかけた。

家にいた頃には、ミュウをとても可愛がっていたぶー子。相思相愛であったと言っていい。

呼吸はもうすっかり止まるかと思われたが、なんと、ここから持ち直したのである。

 

とは言ってももう、いわゆる危篤状態だ。呼吸のペースが戻っただけで、相変わらず口呼吸で反応もない。

撫でたり声を掛けたりして時間は過ぎて行ったが、やがて口が少しずつ大きく開いてきたのだ。

恐らくこれが、最後の前兆だったのだろう。それからグンとひとつ大きなけいれんのような伸びをして、ミュウの命は消えた。

 

別れは辛く、悲しい。

しかしそれと同時に、私はミュウが誇らしかった。

最後まで立派に、やり遂げた。ミュウよ、良く頑張ったね。

別れは本当に辛く、悲しいけど、ミュウは大きなものを残していった。

それを大切に、生きていくよ。