怖い夢を見た。
本当に恐ろしい夢で、私はしばらく布団から出ることができなかった。
夢で良かった、心から思う。
布団の中で、現実に感謝した。
ライブである。
そこはいつものライブハウスではなく、洒落たバー。お客さんにピアノを聴かせるお店であった。
そこで私が弾くのである。おかしいだろ、すでに。
練習はしてあった。しっかり弾く自信もあった。ただし2曲。
あとはザックリ練習して、まぁ何とかなるだろうとその程度だ。
客席は1階。
ピアノは2階にあるのでお客さんの様子は分からないが、賑わっているのが伝わって来る。
演者は何人かいたので誰から弾きますか、と問われ、一番下手であろう自覚はあった私が名乗り出た。
サッサと済ませてしまおう。楽譜を開く。
渾身の1曲だ。淀みなく弾いたが、弾きながら、気付く。
・・・どうなん、この曲。
初級者向け練習曲、という感じの面白くも何ともないその曲を、私は上手に弾き切ったのである。
ここで自分の考えの浅はかさを知る。こんなん、バーのライブでやる曲ではない。「弾ける」ということに胡坐をかき、考えが及ばなかった。
1曲目と言うこともあり、お客さんは拍手をしてくれた。きっと何かがおかしいと思ったことだろう。2曲目はそうはいかない。
このまま練習してきた曲をやるのは危険だ。もっと客受けしそうな曲はないか。
暗譜ですぐに弾ける曲など、私には2曲しかない。レットイットビーとヘイジュードだ(笑)
ここは大曲、ヘイジュードをかましておこう。
私はピアノ一本で、ヘイジュードを弾いた。
ピアノが前面に出ているとは言え、バンド形態の曲である。これを歌もなくアレンジもなく、ピアノパートだけをピアノ一本で弾いているのだ。よりによって7分近い壮大な曲。
しかし客は、騙された。「ヘイジュードである」ということに騙されてくれたので、何かがおかしいと感じたかもしれないが、拍手喝采であった。
ホ。
何とか切り抜けたが、次どうする。さすがにこの後ピアノ一本のレットイットビーでは、魔法が切れるだろう。
困った。
持ち時間は何分だったか。最初に説明があったが、全然聞いていなかったのだ。さすがに2曲じゃ足りないか。
・・・逃げるか。
恐らく大ヒンシュクを買うだろうし、今後の信用問題にも関わる。
それならヘタクソでも弾いた方が、というか、2曲しか練習しなかったテメーが悪いのである。テメーの尻はテメーで拭け。
覚悟を決めて、持って来た楽譜を開く。
ちゃんと練習した曲はもう1曲あったが、それもピアノの練習曲だ。
ザックリ練習した方から、イチかバチかでいく。
リズム感の難しい、ラテン系の曲であった。
タンッ・タンッ・タッタータタンッという軽快なノリ。コード弾きなら何とかなるだろう。
使うコードは4つだけ。
私は両手全く同じリズムで、そのコードを繰り返し弾いた。
タンッ・タンッ・タッタータタンッ♪
タンッ・タンッ・タッタータタンッ♪
タンッ・タンッ・タッタータタンッ♪
タンッ・タンッ・タッタータタンッ♪
しかしさすがに私も気づく。
これ、リズムがラテン系になっただけで、練習曲以下のつまんなさやんEE:AEB64
まずいと思った私は、ソロを入れることにした。
入れ始めてから思い出したが、私はアドリブが超苦手である。リズムは消えてド下手なソロ一本になり、シュールな形相を呈していた。
曲が終わっても拍手はなかった。
気まずさを紛らわすようにパラパラと手を叩く音はしたが、なぐさめにもならなかった。
私はお店を出た。
・・・という夢である(笑)夢で良かった、本当に。
まだこんな夢を見るのだ。
戒めである。
ライブはなくても、頑張っていきます・・・・・。