会場に着くと、そこここに案内の矢印が立てられていた。
大きなビルだが、これなら迷うことはない。矢印は数メートルおきに、そこには案内人も配置されていた。こんなにあっては暇だろうに。困る人がいるとは考えられない。
2回に渡って受付を済ませると、赤いカードを受け取る。これを良く見えるように持って下さい、と言われる。いわゆるパスだ。案内人はこれを見て、こちらへ、とルートを示す。
約3メートルおきに待ち構える案内人の仕事はもはや形式的なもので、ロボットのようにハイこちら、と動くのみであった。
受付からほんの数メートル先のエレベーター乗り場で、赤いカードを渡す。このカードはこの数メートルのために存在していたことを知る。
カードを回収するために一人、エレベーターに案内するために一人。
45階まで、あっという間であった。そんなスピードでこの個室が動いているかと思うと、少し怖い。
ノンストップで到着すると、そこにもやはり大勢の案内人が待ち受けていた。
やっと個室に通されると、若い医師がいくつかの質問を投げかけて来る。
「モデルナですけど、よろしいですか?」
ここに来るまでに同じ質問を2回されている。ファイザーじゃないですよ、という確認かと思うが、まるで「あの悪名高いモデルナですが本当にいいんですか」と念を押されているような気持になる。
いいも悪いも、もうまな板の上の鯉だ。「はい。」私も形式的に答える。
注射はまだこの先だ。この医師は、問診だけのためにいる。
次の個室は、注射だけのためにある部屋だ。「チクッとします。」不思議なもので、この言葉で覚悟が決まる。この歳になっても、注射は怖いものだ。
チクッ。
なぜか刺した場所と全く違う場所が、同時にチクッとした。
何かとてつもなく悪いものを注入されたような気持になり、腕が痺れる。動悸がする。ヤバい。
しかし分かっている。これは私の思い込みから来ているのだ。極度の緊張。落ち着け。
普通は15分の待機時間となっているが、アレルギーがあるので私は30分待ちであった。
イスが並んでいる。皆静かに、スマホをいじっていた。
具合が悪くなったら手を上げてください、とのことだ。正面に座っている女性が、バードウォッチングのように目を凝らしていた。
30分。
決して短い時間ではないが、本を読んでいたのであっという間だった。
「お酒はダメだって。」
待っていたダンナに告げる。
「でもこっちの紙には、『過度のお酒は控えて』になってる。」
ダンナの会社では、ワクチンの付き添いで休みがもらえるのだ。別にワクチンに不安などなかったが、休めるなら休んで、どこかで美味しいものでも食べたいじゃないか。あわよくば・・・・・・。
軽くサワーを2、3杯のつもりであった。
しかし飲み始めたらどうでも良くなってしまった。
念のため強いお酒は避けたが、それで「過度」を「適度」に調整したつもりになる。
変な酔い方をした。
ワクチンのせいかどうかは分からない。なにしろ前日、「過度」の飲酒をしたばかりである。
しかし腕の痛み以外にこれといった副反応もなく、至って普通に過ごしている。
1回目の接種は終わった。
次は一か月後である。