そのCDを睨み、私は長いこと固まっていた。
今度バンドでやる候補曲の入ったCDである。
もうすぐこれを、届けなくてはならない。
が、しかし。
そのCDのケースには、ムチャクチャ汚い字でタイトルが手書きされているのである。
もちろん私の字だ。
油性のサインペンだったので、一発勝負である。
危険は承知していたが、ちょうど良いメモがなかったのであった。あったのはミッキーマウスとモンハンのメモ帳で、ツェッペリンにはそぐわない。
時間が迫っていたこともあり、ならば直接書いてやれ、と書き殴った結果である。
9曲あるそのタイトルは、きちんと配分できなかったために全体的に上に偏っていた。
その上、文字も大きくなったり小さくなったり、斜めになったり投げやりになったりで、全く整っていなかった。
書き終わってから思う。こうなる事は、分かっていただろうが。
しかしメモがない現実から逃げるために、何とかなるはずだと思いたかったのである。
ならなかった。
どうしよう。
しばらくじっと考えていたが、意を決してエチルアルコールを探すことにした。
ツェッペリンにそぐうメモと同じぐらいどこにあるのか分からなかったが、時間がないのだ、何でもいいから次に進まなくては。
意外と簡単に見つかったので、それをティッシュに含ませてCDケースを拭いた。
お~、落ちる落ちる、こりゃ面白いように落ちる。つまらない展開になるんじゃないかと不安があったが、女神は微笑んだ。
消したところでタイトルをどうするかまでは、考えは及ばない。愚かな人間である。
しかし消えたのだ。前進だ。
すっかり文字の消えたCDだが、消し損じはないか照明の下で最後の点検する。
げ。
文字はちゃんと消えているが、跡が残っている。
きれいに消えているが、きれいに残っているのだ。
知らなきゃ気がつかない程度だが、ひとたび「おや?」と思ったら、低脳の文字が浮かび上がってくる仕掛けだ。
ダメだ、これは持って行かれない。
私は新品のCD-RWを探した。これはすぐに見つかる。
あったEE:AEB64同じものを発見、ケースを換えて、呪いの文字の入った方を棚に戻す。
ホ。
ホじゃないッ。
タイトルどうするの!?
後でメールEE:AEACD
これで下手な文字も見られずに済む。
さて、そろそろ行かなくては。
ギャ。
スッピンだEE:AEAC6
化粧をして外に出る習慣がなくなってしまったので、後回しにしているうちに忘れていた。
しかしここでも。
どこまで塗ったらいいのだEE:AEB64
あんまり濃いと色目使ってるみたいだし、薄けりゃ不細工丸出しだ。
普通の化粧ってどんなんだったっけ??
仕事を辞めて1年と少し、化粧の平均値が分からなくなっていた・・・。
同じような理由で着るものに悩み、やっと家を出た。
「普通」って、難しい。
私は普通未満になっていたのか。
こうしてCDは無事、灰汁代官さんの手に渡った。
CD1枚渡すのにこの騒ぎだが、おかげで自分がどれだけ堕ちていたかを知ることができた。
かといって、どうにかしようという気にもならないのが、一番の問題である。