人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

黒猫パトリツィオ

その街の猫たちの間では、知らない者はいないだろうと言われていた2匹である。

野良ながらも貴族のような物腰の美しいクレメンティナは、白と黒のシックなモノクロームの毛並み。

彼女の横を片時も離れない黒猫パトリツィオは、まだ目が開いたばかりの子猫である。

父親は街で一番勇敢なスナイパー・アレッサンドロと言われているが、パトリツィオが生まれる少し前に、車に轢かれて死んだという噂であった。

パトリツィオに兄弟がいたのかどうかは定かではない。

クレメンティナが倉庫の裏にひっそりと出産をしてからやっと表に出てきた10日後には、とにかくパトリツィオだけを連れていたのである。

臆病なパトリツィオは、いつもクレメンティナの横をついて歩いていた。

そんなパトリツィオを立派なハンターに育てられるのか、クレメンティナはいつも心配していたものである。

ある日クレメンティナは、パトリツィオを少し遠くまで連れ出すことにしたのだ。

世界は広い。

あなたはどんどん羽ばたいて、勇敢なハンターにならなくちゃ。

まだ良くその意味が分からないパトリツィオは、「トゥルルル・・・。」と歌うように鳴いて答えた。

ああこの子が女の子だったら、この声だけでたくさんの雄猫を惹き付けられただろうに。

臆病で、歌の上手いパトリツィオ。

クレメンティナは、敢えて工場地帯に足を踏み入れた。

遠くに見える人間も、工場の機械の音も、パトリツィオには悪夢のような世界であった。

「さあ、こっちよ。」

クレメンティナはそんなパトリツィオの先をどんどん進み、塀に飛び乗った。

置いて行かれるのが怖いパトリツィオは嫌々母親について飛び乗ったが、勢いがついて向こう側に転げ落ちてしまう。

パトリツィオは、工場の裏に積んであった鉄筋に挟まれ、身動きができなくなってしまった。

「マンマ!!」

彼は叫んだ。クレメンティナは、彼のこんなに大きな声を初めて聞いた。

「マンマ!マンマ!!」

しかしクレメンティナはどうすることもできない。

「アレッサンドロ!!」

彼女は夫の名を何度も呼んだが、その声は天には届かなかった。

やがて声が嗄れるころ、彼女は意を決してそこを後にした。

自然界の掟である。

パトリツィオはこの世界を生き抜ける子ではなかったのだ。

「マンマ!」「マンマ!!」

パトリツィオのソプラノは一晩中響いていたが、その声も工場の音でかき消されていく。

5月初めの寒い夜であった。

「ゴルァ、止めねーか大五郎!!」

そのパトリツィオも大五郎となってたくましく育ち、今では我が家で一番元気なイタズラ坊主である。

しかし彼は今でも「トゥルルルル・・・」「ピー」と鳴く。

まるで誰かに歌いかけるように。

EE:AE53EEE:AE53E大五郎は、近所の工場の資材に挟まっていたところを、近所の人に助け出されたのだ。たまたま見つけた人が猫が苦手な人で、丸1日そこに放置されてしまったのだが、別の人に言って助け出してくれたのである。良く親猫と歩いているのを見かけたと言っていたが、とうとうその後は姿を見せなかったとのことである。時々、母親に置き去りにされた大五郎の一晩を思うと、とても悲しい気持ちになる。大五郎はまだ覚えているだろうか。しかし、大五郎に忘れられてしまう母猫も不憫である。元気でデカいよ、と、母猫に伝えたいものだ。EE:AE53EEE:AE53E