ぶー子からの最後のメールは松山さんの実家から、「盛り上がってるから帰れない」というものがトイレから送られてきたのが最後であった。時間は深夜12時半。
仕方ないので、そっちを出たらメールをよこすように返信し、私はひたすら待っていたのだ。
しかし、待てど暮らせど返事は来ない。
私は本を持って寝室に向かった。
「まだか」「連絡しろ」と怒りのメールを数通出したが、返事は来なかった。
2時。
いくらなんでも遅すぎる。
松山も松山の親らもぶー子もどうかしている。
「私が直接松山さんと話をさせてもらう」というメールを送ると今度はすぐに「今出た」という返事が来た。
はぁ?
そして実際、本当にすぐに帰ってきた。
時間にして5分ぐらいか。早過ぎる。
ぶー子はすぐに寝室に上がってきた。
私はベッドに横になり、クッションを背もたれにして本を手にしていたが、腹が立っていたので何も言わずに目だけをそちらにやった。
「おかーさん。話がある。」
私は返事をしなかった。
しない代わりに本を閉じて枕元に置いた。
「ちゃんと聞いて欲しいから。体、起こして。」
ただならぬ気配を感じた。これは、きっと本当のことを言う。私は直感した。
「ごめん、お母さん、謝らなきゃならないことがある。」
そう言って彼女はバッグから茶色い封筒と小さなノートを出した。
「実は、ずっとバイトしてました。」
ここから歩いて5分もかからないところにあるレストランで、ずっとバイトしていたと言うのだ。
ちょっと前にダンナがシルク・ド・ソレイユを見たいと言っていたのだが、それの一番いい席をプレゼントしたかったと。
ノートにはチケットの種類と値段、私たちをどうやって騙して会場までつれてくるか、予定の日などがぶー子の字で詳しく書き込まれていた。
「見てよ」と手渡された封筒には、給料明細が入っていた。
翌日が給料日だったので、せめてそれまででも隠し通すつもりだったらしいのだが、もう嘘が続かない、と観念したらしい。
その紙には16万4千円という数字が刻まれていた。
「16万!?」
驚いて顔を上げると、「頑張ったんだぞっ。」と涙をこぼした。
長い日で実働15時間。
労働基準法もクソもあったもんじゃないが、オープンしたばかりで客が多く、人手が足りないらしい。
閉店後の片付けに翌日の仕込みを終えて1時、家に帰ってひとしきり怒られ、風呂に入ってひっそりと制服を手洗いしてクローゼットの中に干す。
バカヤロー、なんでサプライズなんかに(泣)
ぶー子を信じなかった自分を責めたが、私は親である。
親だから心配したのだ。
それから、これまで話せなかったバイト先の話を、堰を切ったように話し始めた。
いつものように、面白おかしく。
最高何枚鉄板を持ったか、年下の男の子のドジっぷり、モテる先輩の奪い合いバトル・・・。
これである、ぶー子は。これがぶー子なのだ。
私はやっと心から安心した。
時計は3時を指していた。
翌日は5時起きだったが、話は尽きなかった。
しかし松山さんが惜しい。
「なんで松山さんとか、そんな壮大な嘘を・・・。」
「こっちも必死だよ!『グランドオープン』って言葉を聞かれちゃったから相手は大人じゃないとダメだし、単なる大人だと知り合うきっかけがないから。」
ハッピーエンドではあったが、松山さんがぽ子の息子になる事はなくなった。
「じゃあダンスの練習で遅くなるって言うのも・・・。」
「ああ、嘘。」
「飲み会で遅くなって浦安からバイクで送ってもらったっていうのも・・・。」
「嘘、嘘。」
「駅前で後輩にバッタリ会ったのも・・・。」
「嘘でーす。」
「マコちゃんちで寝たのも」「嘘。」
「自転車がなくて歩いて帰ってきたのも」「嘘。」
「9.8割がた嘘でした~!」
ハハハ・・・(泣)
「お、メール来てる。ハハ、おかん。」
私の怒りメールであった。見てなかったのか。
たまった3通をカチカチと送りながら、「この怒りマークpict:angerも、今日で見納めか・・・。」とつぶやいた。
思い返せば、本当に良く送った「pict:anger」である。
しかし次の日のぶー子は朝帰りであった。
その次は3時。
明らかにバイトだけではないが、フフン、ちょっと多めに見てやらぁ。