潮干狩りとディズニー・シーに行った日の事である。
久しぶりに家族が集まったのだ。
相変らずぶー子の様子はおかしようなおかしくないような感じだったが、そんな事は忘れられるぐらいに和気あいあいと楽しんでいた。
しかしそれは、ディズニー・シーの駐車場で起こった。
予定より早く着き、それっ、遊び倒すぞ、と車を降りる直前に、娘ぶー子のところに電話がかかって来たのだ。
今まさに車から降りようとしていたところで、ぶー子の電話が終わるのを待つ形になった。
「はい、あ、大丈夫ですよ。」
ぶー子の会話だけが静かな車内に響く。
「はい、ええ、はい。」
丁寧な言葉遣いである。友達、という関係ではなさそうだ。どうしても会話に耳がいってしまう。
「え~?どうでしたっけ、ちょっと良く覚えてないんですが、グランドオープンの日はいましたよね。」
「はい、後ろで経理やってましたよね。」
「最後まで残ってました。」
これは・・・。
「はい、明日ですか?大丈夫です、最後まで残ります。わかりました。」
仕事の電話ではないのか??
彼女は5分ほど喋っていたが、電話を切った後には気まずい沈黙が流れていた。
「何今の?仕事の電話っぽいけど。」
「は?違う違う、先輩だって。」
「グランドオープンってなによ?最後まで残るとか。」
「ああ、今度ダンスのサークルのイベントがあるから練習してるんだけど、最後まで残れる人がいないからさ、私が残る事にしたんだ。」
「なんで入りたての1年が頼まれて残るのよ。」
「や、1年、みんな帰っちゃって全然練習しないんだって。だからちゃんと残れる人だけイベントに出してくれるって。」
・・・。グレーである。
あり得なくはない。
しかし不自然でもある。
「じゃ、グランドオープンって何よ?」
「駅前にサイゼができてさ。みんなで行った事があるんだけど、その時いた1年は誰かって聞かれた。」
グレーである。
限りなくグレーである。
しかしこの後はディズニー・シーで遊ぼうというのだ。
こんな事で雰囲気を悪くしたくはない。
深追いはせずにその件は流す形になった。
「男じゃないッスか?」
週が明けて仕事に行くと、若きグッティ氏は言った。
男・・・?
う~ん、確かに、自分のことを振り返ってみると、それは充分にあり得る事であった。
私もそんな時期があった。
門限を破り、嘘をつき、連絡をしない。
本当のことを言えば門限を守らされるし、私は彼氏とできるだけ長くいたいのだ。
そのためには連絡をしないで嘘をつくしかない。
私は家に帰ると、彼女の大学に近いサイゼリヤについて調べてみた。
彼女は4月の終わりにオープンしたと言ったが、しかしそのサイゼはもう何年も前からそこにあった。
クロである。
完全な「黒」を遂に掴んだ。
ここから斬り込むっきゃないだろう。
チャンスはそうそうない。
確実に追い詰めないとならない。
「ぶー子。」
それは学校へ行く準備をしていた朝であった。
「アンタの言ってたサイゼは、もう何年も前からあるけど。」
「は?そんな事ないよ。」
「ネットで調べたけど、新しい店じゃないでしょ。」
「え~、そんな事ないって。」
嘘だ、違う、その繰り返しで進展がない。
「じゃあ店に電話して聞くよ。」
「いいよ。」
ぶー子は本当の事を言っているのだろうかと、だんだん不安になってきた。
「・・・もうホント、頼むよ。これ以上追い詰めたくないし、嘘も見たくない。ホント、頼む。」
思わず素のままの言葉が出てしまったが、それがとうとうぶー子を動かした。
「・・・うん、ごめん、嘘。サイゼはもう前からあるよ。」
「なんでそんな嘘を・・・。」
「・・・・・・・・。」
そこで私はぶー子の目の前に、親指を上に向けて立てて突き出した。
「コレ?」
「・・・うん。」
そうか、男か、それならまぁ良かった。
変な仕事なんかじゃなかったのだ。
・・・って、なんで隠すかな。
これまでのぶー子はこういった事も結構あけすけに喋ってくれていた。
何でこんな大きな嘘までついて隠すのか。
後ろめたい相手なのか?
まさか・・・。
「それってもしかしてオヤジじゃないでしょうね(汗)!?」
「・・・まぁオヤジっていうか・・・。」
否定しない!?
「だから隠してたの!?まさか結婚してる人じゃないでしょうね!?」
「いやいや、つーかオカンも知ってる人だから、ビックリさせようと思ってたんだ。彼、今お店をオープンさせて忙しいから、6月になったら紹介するつもりだった。」
私も知ってる人??
店を出せるような知り合いはいないが。
オヤジ?
あ。
「松山さん!?」
「・・・ん、フフフ。」ぶー子がニカッと笑った。
松山さんとは私とぶー子も担当の美容師である。
腕もいいが素敵な人で、私たちは美容院へ行くと「今日の松山さんはね・・・。」と彼のしぐさや会話を報告してはキャーキャー言っていたのだ。
ファン、というようなポジションにいたのだが、まさかその彼を射止めるとは。
「ぶー子、・・・・・・・でかしたな。」
思わず言ってしまった。
松山さんはオヤジではない。
確か30歳ぐらいじゃなかったかと思うが、細見のイケメンだ。
物静かで、はにかんだ笑顔がとても魅力的な人である。
私の不安は一気にふっ飛び、松山さんが、松山さんがぶー子の彼氏に、と舞い上がった。
紹介してくれると言ったな。
これから私との付き合いもできるのか。
「お酒、飲むかな?」
「ウン、飲むよ。居酒屋とかもちょくちょく一緒に行ってた。だから帰れなかったんだって。」
飲むのか~~♪
近い将来、我が家で一緒に飲めるかもしれないな。
それから私の頭の中は、松山さんのことで一杯になった。
一緒にキャンプに行けるかな。
猫は好きかな?
私は時々ソファに座り込んで、松山さんが私たち家族と過ごす時間を延々と空想した。
しかしだ。
一体いつ、どうやって個人的に結びついたのだろうか。
美容院に行ったような形跡はない。
バイトを募集していたのか?
それにしても、ぶー子が使っている駅とは離れているし、美容院でぶー子ができるような仕事があるのか?
一度納得してしまったので、これからは遅くなる理由に松山さんの名前を出すようになるだろう。
これはもしかしてまだ嘘をついていた場合、ぶー子に好都合ではないのか?
案の定ぶー子の帰宅時間は改まらず、12時に「まだもうちょっとかかる」、1時に「今そっちに向かってる」、そして1時半に帰ってきた。
何も変わっていない。
「どうして12時前にメールできないの?」
「忘れちゃうんだよね~。」
松山さんと会ってるなら、それでもいい。
門限破るのも気持ちはわかる。
ただ、それが嘘なら許す訳にはいかない。
その晩も12時半まで連絡はなかった。
ドライブに行くと言っていたのだ。
遅くなるだろうとは踏んでいたが、彼はもう大人なのだ。
私はぶー子を毎晩遅くまで連れまわす松山さんに、少しずつ怒りを感じるようになっていた。
「どこにいんの、今(怒)」
「松山さんの実家♪おそばもらったよ。」
松山さんの実家はそば屋である。
やほ~~♪おそば~~~♪ではない!!
ご挨拶!?
うちにも明日来るかも、と言っていたな。
そんなに進展していたのか。
しかし1時半を回っても帰って来る気配はない。
松山さんの家は未成年の学生をこんな時間まで引き止めておくのか。
第一この時間に彼の両親も一緒になって盛り上がっているのは不自然じゃないか。
しかしぶー子は全く連絡をよこさないので、待つしかない。
2時。
私は寝室に引き上げ、携帯を枕元に置いてベッドで本を読むことにした。
内容はなかなか頭に入ってこなかったが、気は紛れた。
長い夜になりそうだった。
*******次回予告*********
<3>嘘
「ごめん、お母さん、謝らなきゃならないことがある。」
一体この1ヶ月、ぶー子に何が起こっていたのか?
ついに全貌が明らかになる。
涙の最終回!!
ご期待下さい!!