家にあった在庫から。もう紙が茶色に変色しているほど古い。1997年に発行された本だ。
脱北した人の手記である。
著者は、北朝鮮から日本に移住してきた両親と、茨城で暮らしていた。
1959年から北朝鮮は、日本へ渡った朝鮮人を呼び戻す帰国事業を推進するようになる。
教育も医療も無料の社会主義国、地上の楽園などと謳われ、日本で苦労していた多くの朝鮮人が、家族を伴って帰国していった。著者も、そんな家族のひとりであった。
当時高校生だった著者は、本当は日本を離れたくはなかった。しかし父親の決定だ。従うより他はなく帰国船に乗るのだが、その船の、後の生活を予感させる酷い有様に、帰国を強く後悔し始める。
実際、帰国してからの生活は非常に苦しいものとなった。
慢性的に不足する物資、劣悪な食糧事情、医療事情。
安い給料でキツいノルマを課せられ、毎日クタクタになるまで働いた。
「帰国者」という差別。密告。いわれのない罪で捕らわれ、留置所で自白を迫られる拷問のような日々。
それでも著者は国に馴染もうと、血のにじむような努力をするのだ。
帰国者と言うハンデを持ちながらも職場では責任のあるポジションに就き、国からは栄えある称号まで貰った。
それでも、暮らしは一向に楽にならない。
病気の子供を抱え、このままでは一家は崩壊するしかないように思われた。
ついに著者は、脱北を決意する。
まずは中国で働いて家族に仕送りをしていくつもりだったが・・・。
他の脱北者の手記同様、こちらも悲惨な生活がこれでもかと語られている。
もはやそういった部分では目新しいものはないが、それでも驚きを禁じ得ない。
夢も希望もないとはこのことだ。
そして脱北が、最初で最後の希望となるのである。
著者がこの手記を「レポート」と言った通り、ドラマティックな表現よりも事実の正確さが書き込まれている。故に注意書きが非常に多い部分が読みづらくはあった。
資料として読むにはいいかもしれない。
ぽ子のオススメ度 ★★★☆☆
「帰国船」 鄭 箕海
文春文庫