いつからか寝室に、蜘蛛が出るようになった。
足を入れて1センチ程の小さな蜘蛛なので怖くもなく、自然と共存するようになっていたのだ。
時々姿を見ては「これ、いつも同じヤツなのかなぁ」と思っていたが、風邪を引いて寝込んでいる時に名前をつけてやった。その時読んでいたマンガの主人公にちなんで「ヨハネ・クラウザー3世」と。
1匹なのか何匹かいるのか分からなかったが、こうする事でちょっと愛着が湧いたような気持ちになった。
それにしてもクラウザー3世、いなくなる気配がない。
出会いからもう半年以上経ったと思うが、ちょこちょこと姿を現している。
そのうち増えたりするんだろうか。そう言えば寝室以外の場所でも似たような蜘蛛を見かけるようになった。
繁殖するのか?
・・・という事は、少なくともオスメス1匹ずつはいるという事か。
そもそもどうやって生きているのか?
食べるものとかどうしているのだろう?
小さな虫っころだ、どうせすぐにいなくなると思っていたが、クラウザー4世、5世、と増えている事を感じると気持ちの良いものではない。
かと言って退治するほどの事でもないので放置していたが、ある日、ベッドサイドでクラウザー3世は引っくり返って死んでいた。
命の光をなくして引っくり返っているクラウザー3世は、もうまるでゴミか置き物のようである。
吹けば飛んでしまいそうな小さな塊となった彼の処遇に悩んだが、思いつかなかったのでしばらく放置した。
捨てるには私達は知り合い過ぎていた。
かと言って墓を掘るほど仲が良かった訳でもない。
異質なものでもいつも定位置にあれば慣れるもので、頭の上でクラウザー3世が引っくり返っている状況も、日が昇る如く当たり前になっていった。
時々目に入ったが、「あ、クラウザーさんだ」と思うだけで、何とかしようなどと考える事もない。
慣れとは恐ろしいものだ。部屋が片付かない訳である。
しかし部屋の方は、時々片付けなくてはならない。
久しぶりに寝室の掃除に着手したが、重い掃除機を持ってくるのが面倒なので、ハンドクリーナーを持って来て、気になるところだけ吸い込む事にした。
ベッドサイドにも埃がたまっていたのでクリーナーをかけていったが、そこにクラウザーさんが引っくり返っているのである。
一瞬だ。
本能的に「これは一瞬のうちに済まさないと」と思い、私は「一瞬」とだけ考えて一瞬のうちに彼をクリーナーに吸い込んだ。
吸い込んでから「ああっ、クラウザーさんを吸い込んでしまった!!」と思うようにした。
この時初めて私は、彼の亡骸を持て余していた事を知ったのだ。
後ろめたさを感じないためにその後も「しまったなぁ」「あんなところにいるんだもん」と畳み込むように考えていたが、これは「過失」でなく「故意」であった事は否めない。
クラウザー3世は、まだクリーナーの中に入っている。
彼は私の友人だったのか、それとも害虫だったのか。
クリーナーのゴミがたまって捨てるまで、考える時間が欲しい。