仕事が終わって家に帰るととっぷりと日が暮れていたが、娘ぶー子はまだ寝ていた。
彼女が家に帰ってきたのは朝である。
昼夜逆転どころか、遊び溜め・寝溜めの極限である。
夜9時の晩御飯でやっと起きてきたが、ちゃんぽんと大皿の生姜焼きをペロリと平らげた。
元気じゃないか。
私はちょっと安心する。
そんな時、ぶー子の携帯がブルルと震え、彼女は「ギャッ」と小さな悲鳴を上げた。
「リュウちゃんだ。」
別れを予感しながら二週間。
彼からの連絡はなく、ただ待ち続けていたぶー子である。
やがて決心したように立ち上がり、身支度を始めた。
「フラれに行ってきます☆」
尻のポケットから、タバコが見えた。
リュウちゃんはタバコが嫌いなので、これまで隠れて吸っていたのだ。
最後に一服かましてやれ、と冗談で言ったのだが、ここにぶー子の覚悟が見えた気がした。
「やっぱりダメでしたぁ~!!」と帰ってきたのは、30分ほど経ってからであった。
「チンカス、言ったの??」
親としてはリュウちゃんに納得いかない部分が多いのだ。せめてチンカスぐらい食らわせて欲しいものだ。
しかしぶー子は笑いながら、「うんー、結局自分らしく別れてきたよ。じゃあお互いにこれからも頑張ろうね、って円満に。」
私は、くわえタバコで「このチンカスが!」と言わせるのが最高のフィナーレだと思っていた自分を恥じた。
まるで、試合に負けた選手のように清々しく振舞っているぶー子の強さが眩しい。
「大丈夫?」と声を掛けるとやっと気弱そうに「・・・多分ね。」とだけ言ったが、大丈夫な訳がない。
しかし、こればかりは仕方がないのだ。
時間をかけて、自分で乗り越えるしかない。
ただ、私は言いたい。
これは「終わり」ではないのだ。
これはぶー子の人生のほんの小さな一部でしかない。
別れが来たという事は、本物ではなかったのである。
今は辛くて「本物だ」と思い込もうとしているだろうが、いつかしかるべき人に出会ったときに、それは分かるはずだ。
何でこんな辛い思いをしなきゃならないのかは分からないが、その必要があるからこういう運命になっているはずである。
無駄ではない。
むしろ、必要な別れだったのだと思う。
多くの人が味わうこの地獄のような時間は、あんたの母も経験している。
友達にも聞いてみるといい。
「あの時はね・・・。」と今は笑顔で話してくれるだろう。
必ず時間が解決してくれる。
それを早めるか遅らせるかは自分次第だ。
私は今、あの頃を懐かしく思い出すことさえできる。
誰もが経験する、予防接種のようなものだ。
バンジージャンプ。
奇跡の生還。
良く頑張った、と自分を褒めてあげるといい。
そんな自分が誇らしく思える日が、必ず来るから。