翌日の法事に備えて、早く寝るはずであった。
このところ娘ぶー子は、非常に落ち込んでいる。
外から帰ると何も言わずに音楽室にこもり、しばらく出てこない日もあった。
昨日はバイトも早退してきたようで、どんより暗い顔をして一言「音楽室でタバコ吸ってくるワ。」とだけ言った。
私が同じように音楽室にこもってタバコを吸ったのは、エルの卵巣に嚢腫が見つかった時だ。
悲しみのやり場がなく、ひとりオイオイ泣いていたのである。
そんな時ぶー子が現れ、以前死にかかったエルが今元気にしている事、そんなに簡単に死にはしないとあっけらかんと言ったものである。
親の私が言うのも変だが、ぶー子は人の気持ちを解すのが上手い子である。
私は物事をすぐに悲観的に捉え、自分で勝手に逃げ道を塞いで「もうダメだ」「もうダメだ」と取り乱す面倒な女だ。
そんな時にぶー子のこの冷静さは、私の気持ちをリセットしてくれるのであった。
最後にはいつも、笑い話をして終わる。
大学の仲間うちでは、「彼氏にしたい女N0.1」だそうだ。「彼氏」。
今度は私の番である。
大きなグラスに焼酎を入れ、音楽室のドアをノックする。返事はない。
そっと開けると、ぶー子はこちらに背を向けてガックリと頭を垂れて煙を上げていた。
これは相当重症だ、と思ったが、うつむいていたのは携帯でメールを打っていたからであり、耳にはイヤホンがささっていたので外の物音が聞こえなかったようである。
もう彼氏との仲は絶望的だ。
塞ぎこんでいるぶー子に私は、最後の捨てゼリフを考える事を提案した。
クドクド言ったら負けだ。
思い出すたびに嫌な思いになるような、最後の一言。
苦しんだこの数週間を、そこに込めるがいい。
ぶー子はしばらく黙り込んだ。
やがて顔をスッと持ち上げ、低い声でこう言った。
「ざけんなこのチンカスがEE:AE4E5」
ち、ちんかす・・・。
「身長、伸びるといいねEE:AE5BE」
「ついでにチン長も伸びるといいねEE:AE5BE」
もう、部屋に入ったときの深刻さはない。
高らかな笑い声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。
しかし、この状態に持ってくるまでに、タバコ数本を要した。
ふたりして立て続けに吸ったので、部屋には煙が充満して廊下にまで漂っていた。
リビングで心配していたダンナを呼んだが、彼はこの煙に恐れをなして、なかなか現れなかったのだ。
やがて意を決して「ウッ」と顔をしかめ、サバイバル映画のクライマックスシーンのように入ってきた。
「まぁね、ぶー子がリュウちゃんの事を言うように、リュウちゃんにだってリュウちゃんの言い分があるんだよ、云々・・・。」
もうすっかり笑いの場となっていた部屋に、今や場違いな真面目なご意見が流れてくる。
もういいんだよ、ダンナ。
後は一緒に笑っとけ。
かくして昨夜も飲み過ぎだ。
法事も九州も、何事も私の飲酒を止められないのであった。