「えーっと、お客様が予約されたのは『調布店』の方ですね。」
カウンターの中の店長と思しきスタッフが、パソコンの画面から顔を上げて言った。
「へっ・・・。」娘ぶー子は絶句している。
某牡蠣専門店・府中店の入り口に、私達親子は立っていた。
調布、調布・・・、それはどこにあるのか。私はその時、自分の中に調布の情報が皆無であることを知った。
言葉もなく立ち尽くしていると、「こちらでよろしければご用意しますが。」と言ってもらえ、状況は180度回転してその幸運にガッツポーズである。
「時々あるんですよね。」店長は言う。
「実は僕たちもそうだったんです。」先に来ていた若い男の子たちが続く。
調布、府中。
どちらにも馴染みがないと、確かに混同するのも分かる音ヅラだ。
店内が笑いに包まれる。
母の日のプレゼントに、ぶー子が牡蠣の食べ放題に連れてきてくれたのだ。
ダンナが生牡蠣を食べられないので、行きたいと思ったことはあったが諦めていた。
そんな訳で、今回は母娘ふたりのディナーである。
牡蠣ィ♪
狙いは生牡蠣一本である。どれぐらい食べられるだろうか。
良くあることだが、最初に生、蒸し、フライがひと通りノルマとして出てきてからが、食べ放題のスタートだ。
どれも美味しかった。ちゃんとした牡蠣である。ふっくらとして大ぶりのもの。
「フライと蒸し牡蠣のおかわりはいかがですか?」空になったお皿を下げに来たスタッフに問われ、「お願いします。」ぶー子が即答する。
「ちょっと、大丈夫!?」フライや蒸しまでの余力はないので言うと、「大丈夫大丈夫、これくらいなら私ひとりでもいける。」事もなげに答えたので、そんなもんなのかと深追いせず、続いて生牡蠣を追加した。
その生牡蠣も食べきり、さらにお替りを注文した後に、「牡蠣飯ができました!」とスタッフが茶碗を持って現れた。
「!!」
明らかにぶー子がたじろいだのが分かる。
牡蠣飯の土鍋はスタートと同時に火にかけられ、ずっと同じテーブルに置いてはあった。しかしすっかりそのことを忘れていたと言う。
「ちょい待って、これは計算外だった・・・。」
ご飯は小さな茶碗に山盛り一杯。
「じ、時間をかければ協力し合って何とか・・・。」
カキフライは一皿に4個、蒸し牡蠣と生牡蠣は6個。どれも粒がかなり大きなものである。
カキフライと蒸し牡蠣を半分ほど食べたところで、完全に動きが止まってしまった。
フーとか苦しいとかいう言葉しか出てこない。
「あと8分だ。」ぶー子が時計を見て言った。
「だ、大丈夫、イケる、よし!!」大丈夫なんかじゃないし、イケる気もしないが、いくしかない。無心で牡蠣を口に運ぶ。美味しいあたりがいいやら悪いやら。
何とか牡蠣は食べきった。ご飯はひと口分ほど、どうしても食べられなかったので残してしまった。
こんな感じだったので飲み過ぎを免れたことが、不幸中の幸いである。
実は、苦しいどうしようともがいているところに、偶然地元の音楽仲間が「牡蠣活動」にやってきたのだ。2回も乗り換えをしてやってきたこの地で「ぽ子さん」という音が想定外で、呼ばれていることになかなか気づかなかった。
「牡蠣は意外とすぐこなれて、お腹空いてきますよw」満腹の私達に、牡蠣部は言った。
その時が来るのを待ったが、とうとうその日のうちにこなれることはなかったのだった。牡蠣、恐るべし。
敗北感でいっぱいだ。
「あ~美味しかった!」と軽やかに店を後にできるまで、私は挑みたい。
という名目のおねだりをしようと思う。