人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

民族衣装とミッキーマウスの共通点

11月6日、雨。

寒い朝であった。

昨日は飲まなかったので朝は気持ち良く起きることができ、着替えをする時間が生まれたのだ。

寒い。

私はタンスから、娘ぶー子のお古のブカブカのパンツを出して穿くと、タンスの上に出しっぱなしだったこれもまたぶー子の古いトレーナを着込んだ。

うん、暖かい。

こうして上下ぶー子のお古を着てリビングに下りたのだが、ダンナを送り出すと、ふと思った。

私が来ていたトレーナーは、ミッキーマウスの真っ赤なトレーナーである。これまたブカブカ。

その下にダボダボのコットンパンツといういでたちだったが、こういうスタイルは嫌いではない。

しかし、こういうスタイルが似つかわしくないシチュエーションというものがある。

何でか分からないが、昨日のぶー子はいたく不機嫌であった。

こちらに心当たりがないのに、突然不機嫌なのである。

まぁ家族というものはそんなものなのかもしれないが、そういう雰囲気というものは伝染するもので、私も何だか不機嫌になってきたのだった。

そのまま夜は更けて朝が来て昼になり、やがてぶー子が起きてくる。

ぶー子は、あれこれ出しっぱなしやりっぱなしというものが多いので、今日もまた注意しなくてはなるまいが、不機嫌のままのぶー子にそんな注意をすれば、ますます不機嫌になるだろう。

しかしぶー子の機嫌がどうであろうが、私は当然の事を言っているのだ。ますます不機嫌になられれば、私もますます不機嫌になるだろう。

その時にこの、真っ赤なミッキーマウスである。

冷たい空気が流れるか、言い合いになるか、どちらにしても私の着ているのはぶー子が何年も前に来ていたミッキーマウスのブカブカの真っ赤なトレーナーである。

そして私は腹を立てている相手のお古を着ているということになるのだ。しかも真っ赤なミッキーマウス。

なんとも締まらない話である。

気温もちょっと上がってきたので着替えることにしたが、結局着たのは、これまたぶー子のお下がりのミッキーマウスのロンTであった。

これもブカブカで着やすいからつい手にとってしまったのだが、どうやらミッキーマウスはせいぜいハタチまでであるようだ。ときにサンタイザベル・ぽ子、44歳。

こちらのロンTはもう私がしょっちゅう着ているので、もともと私のものだったのかと思うほどだ、ぶー子も錯覚してくれるだろう。

しかし結局一夜明けてぶー子の機嫌は直っており、「また洗顔フォーム、こっちに出しっぱなし!!」と怒られたのは私の方であった。

このように、奇抜なものや特徴のあるものを着ると、どこかユーモラスで真剣な場面にはおかしくなることがある。

実家の父は相変わらず短気で、母に良く怒鳴り散らしているらしいが、ある時父は、ネパールあたりの民族衣装と思しきピンクの前掛けを着て、怒り狂っていたらしい。あとで母が爆笑していた。

思えば父にはまったくファッションセンスというものがなく、影で兄と馬鹿にして笑ったものだ。

民族衣装的なものや、庭仕事用のダサいつなぎ(強烈だったので良く覚えている)、服を脱げばゴムの伸びたパンツ(ブリーフである。伸びているのは腰のゴムではなく、足の付け根の方だ)やステテコ、そして在宅時のブリーフ・ステテコ率が50%はあろうというところである。

ちなみに、上下とも、色のついた下着は見たことがない。

髪型も、全くお構いなしである。

金八先生のような5・5分けの頃があったが、あれも影で兄と「ワンレン」と言って爆笑したものだ。

声もでかい。くしゃみもでかい。

そんな父は良くキレていたが、あの格好である。

私もいちいち相手にせずに、そっちで笑って済ませておけば余計なエネルギーを使わずに済んだだろう。

イモヅル式に父の事を思い出してしまったが、最後に見かけた時は、仙人みたいな格好で自転車に乗っていた。

私も、婆さんになってからもミッキーマウスなのだろうか。

一度、最高にダサイい服での飲み会というのをやってみたいが、念のため、ミッキーマウスは着ていかない。

あれでも私のお気に入りなのである。