義母の一周忌であった。
ライブの翌日EE:AEB64
無論酒量のコントロールなどできずに朝には朦朧としていたが、もっと酷い目に合っていたのはダンナである。
前日かなり派手に仕上がっていたが、案の定酷い二日酔いのようで、酒臭かった。
だからと言って行かない訳にはいかないのである。
しかし私の辛さはそこではない。
前回はダンナと席を離す事で簡単に解決したが、今回はウチの親族だけの法事である、喪主であるダンナとその妻の私が離れて座る訳にはいかないだろう。
どうしよう、初めて集まった親族の前でお経上げながら笑うなんて失礼、何としても食い止めたいものである。
30分前になると、全員揃った。
事情があり、私たち以外には義母の兄弟5人、というシンプルな構成である。
全く馴染みのない人ばかりなので緊張したが、「どんな人たち?」とダンナに聞くと、「う~ん、真面目、かな。」と答えた。
真面目、ですかEE:AEB64ハードル高いっすね。
何をしたらいいのか分からずに頭をペコペコ下げながらとりあえずお茶を入れてみたが、実は日本茶などほとんど飲まないので茶っ葉の量が分からない。
時々こういう場面があるが、いつも適当で出たとこ勝負である。
しかし日本茶を私が入れるという場面は往々にしてこのような堅い席(か温泉旅館)が多く、いつも祈るような気持ちで急須から出てくるお茶を見ているものだ。
実家では食後に母が必ずお茶を入れてくれた。
時々薄くてお湯のようなお茶の時があったが、そういう茶を母は「馬のションベン」と言った。
果たしてこの日のお茶は、馬のションベンであったEE:AEB64
入れ直すのもバツが悪いので素知らぬ顔でいたが、今後のために家で時々お茶を入れた方がいいだろう。
さて本堂に行くと、やはり例の経本が中央に積まれていた。
それを見て暗澹たる気持ちになったが、一応、策は講じた。
ダンナには、
①小さな声で読むこと。
②キーを下げること。
③テヌートをかけずにスタッカートで。
つまり、淡々と細々と呟け、とお願いしておいたのだ。
神聖な席に失礼じゃないか、というような感じのことをちょっと言われたが、実際に私がダンナのせいで、涙を流しながら笑い苦にあっているのを目の当たりにしているのである、一応理解は示してくれた。
あとはダンナの力量次第である。
今回も「4行目を低く」「『下』と書いてある部分も低く」「『上』と書いてある部分は高く」、などとルールの説明があり、一緒に唱え始めることになった。
右隣のダンナには言う事を言ったが、もうひとつの不安は左隣の叔父である。
しかし彼はすぐにページを遭難し、ほとんど唱えることはなかった。
そしてダンナも上手に地味にやってくれたので、今回は辛い思いをしないで済んだ。
あぁ助かった、これで私も集中して義母に思いを馳せることができる。
この後の会食は、近くのホテルを予約してあった。
ダンナの親戚であり、私などほとんど会った事がない人ばかりなのである、話を盛り上げてくれ、とダンナに頼んであったが、見事に接点がなく、話は途切れがちであった。
しかし後半、猫2匹と金魚を飼っている叔母のお陰でやっと話は華やいだ。
そういえば、東北の震災の話をしている時に揺れたのだが、まさかあれが本当の地震だとは思わなかった(笑)
越谷にある娘ぶー子の職場は結構揺れたようだが。
短い時間だったが、このような席を設けたことを大変喜んで貰え、ダンナも嬉しかった事だろう。
義母の死が私たちとの付き合いの始まりになるとは皮肉な事だが、義母も喜んでくれていると思いたい。
義母が亡くなって一年が経った。