人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

キャンドルナイト

東日本大震災から半年。

私に一体何ができたのだろうか。

原発について熱く語るツイッター、休日を利用してボランティアに行く人、こまめに募金する人。

私はどれも中途半端であった。

所詮対岸の火事、とは言いたくないが、そう思ってるんだろうと責められても返す言葉がない。

唯一頑張っているのは節電だが、目に見えて東北の助けになっているような実感がない。

あれから半年。

早くも私の中では風化しようとしているのか。

そうならないために、あの時考えたことがあった。

「キャンドルナイト」である。

計画停電で一度だけ(正確には私の勘違いで2度・笑)私達の地区も停電したが、それはそれは切ない体験であった。

アロマキャンドルの光を見つめ、嫌でも気持ちは東北の人々を想うようになる。

忘れてはいけない。

私は年に4回、我が家で「キャンドルナイト」を催す事を決意したのであった。

1シーズンに1回という事になるが、あえて過酷な時期を入れる事にし、8月、11月、2月、5月の4回と決めた。

その第1回が、先週の金曜日だったのである。

時間は18時から24時。

真夏の夜をどう切り抜けるか事前に色々考えてはあったが、当日は涼しかったので暑くて音を上げるような事にはならなかった。

風呂もあらかじめ沸かしておいたし、ブログも自動投稿するようにしてあった。

主に照明と娯楽が問題になるのだが、酒があれば何とでもなるのが酒飲みである。

しかし、ダンナが帰るまでは、ひとりだ。

暗い、というだけで、静寂はより静かに感じられる。

始めのうちは怖かったが、時間が経つにつれて、不思議と気持ちが落ち着いてくる。

1分の長さが変わったような錯覚。

長くも短くもなく、ただそれに漂うように過ごす。

風呂に入る間、防犯のため、トランジスタ・ラジオをつけた。

真っ暗い中、DJの明るい声が通る。

何となく懐かしいような、新鮮なような気持ち。

ダンナが帰ると、彼はたったひとつの懐中電灯を持って、風呂に入る。

小さなアロマキャンドルの光で、食卓のセッティング。

ナック5。

10時だ。

でももう、10時の感覚が良く分からない。

薄暗い中で、乾杯する。

黒猫の大五郎は、どこにいるのか分からない。

それでも家族全員がここにいる。

それに感謝して。

せめて今後もこうして、被災者に思いを寄せることを忘れないようにしたい。