「配偶者に車の運転を教えてもらうと必ずといっていいほどケンカになるので、注意しましょう(笑)」
20年前の教習所だ、黒板を背に教官が言った。
教室内に爆笑が起こったが、それは容易に想像できるからである。
身内と言うものは、遠慮・容赦がない。
そこがいい部分でもあるのだろうが、「教える」「教えられる」という関係においてはあまり良いように作用しないと思われる。
そもそも「できる人」が「できない人」にものを教える事は、簡単なことではない。
教えるだけならできるだろうが、「伸ばす」となるとそれは更に難しくなるだろう。
相手が思うようにならないジレンマvs分かってるけどできないジレンマ。
イライラしだすのは夫が先か、妻が先か。
車の運転に限らず、似たような末路をたどる事になるだろう。
そんな事を知ってか知らずか、ダンナは私のベースの練習には一切口出しをしてこなかった。
どんな場合にも先にイライラしだすのは大概私だし、言いかえすのも認めないのも受け入れないのもしまいに怒り出すのも私である。
ダンナが私の練習に難癖をつけないのは「それで良し」としているのではなく、言ってもろくな事がないと分かっているからなのである。
なので私は毎日、気持ちよく練習していた。
うまいうまい♪と調子に乗っていた。
それが歪んでいる事は分かっていたが、別に自分をおだてたって誰に迷惑がかかるわけでもないのだ。
楽しいんだからいいじゃないか。
うまいうまい♪もうすぐ弾ける弾ける♪♪
とにかく今はベースを弾くのが楽しくて仕方がないので、私は時々有頂天になってベースについて語りだすのだが、そんな時ダンナは冷静に「でもね、・・・」というように続ける。
「でもね・・・」
「まだね・・・」
「それもいいけどね・・・」
彼は私なんかよりずっとずっと上手いのだ、きっと私なんかには気になるところだらけであろう。
いつも我慢しているのだ、私のヘンテコな演奏を。
ダンナの言う事に耳を傾ければ、もっと早く上達する事は明白である。
いちいちごもっともだし、それが新しい知識だったりする事もある。
なのでこれまで私はフンフン、と大人しく聞いていたのだが、ついに昨日キレた。
わかっちょるばい!!
何でそうネガティブな事ばかりを返してくるのだッ。
私は毎日ハッピーにリッ子とデートをしていたのだ。
なのにダンナときたら水をさすような事ばかり言うのである。
それは事実かもしれない。
事実ばっかりだろう。
しかし私は萎えた。
もういい、何がリッ子だ、もう止めた、私にゃ向かない、もう二度と弾くものか、クソッ、もうモンハンもやるものか、そうだ、出て行ってやる。
そして私はふて腐って布団に入ったのである。
布団に入ってから私は、出て行ってからのことを考えた。
ひとりでご飯を食べて、ひとりで飲む。
あぁ、量が減るかもな。
痩せて健康になれるかも。
そして、一人暮らしの小さな部屋の隅には、ベースがちゃんと置いてあった。
さてと。
とっととご飯の支度を終えて、練習しなくちゃである。
♪言わないよぜ~~ったい~~♪EE:AE478