水曜日、今週も老人達の絵のモデルの日であった。
もうモデル中に眠くなるのは御免だったので、ハナっから午前中は寝倒すつもりであった。
これも仕事である。
立派に任務を果たすためのペース配分みたいなものだ。
ダンナと娘ぶー子を見送ると(正確にはぶー子は布団の上から見送った)、「寝る」という仕事を一生懸命こなした。
こういう仕事は得意である。
12時25分出発のところを11時50分まで寝ていた。
自慢だが、もっと寝れる。能力を持て余している事実を知って欲しい。
しかし、12時25分出発のところ、案の定時間がなくて12時30分に出発したので、キッチリ5分ずつ遅れてしまった。
どうしてもキッチリ5分遅れてしまうぽ子である。
昔は1時間だったが。
絵を描きに来る老人達は合計9人で、男性はたったひとりである。
品のいい優しそうな男性で、後藤さんという。
しかし後藤さん、歳を取って全てが一方通行となりつつある女性陣の中にたったひとりの男性、何とも気の毒なポジションである。
前回彼は、自分の片付けを後回しにして女性陣の手伝いや誰もやらない片付けをしたために、自分の片付けが他より遅れて最後になってしまった。
「ちょっと誰~~?この絵!!」
・・・と怒られそうな予感の人は、最後に残った後藤さんである。
「こんなところに置いちゃダメじゃないの。」
「これじゃあダメよ。」
「このままじゃダメじゃないの。」
別に責め立てる気はないのだろうが、それぞれが勝手に自分の思ったことをそのまま言うので、このように同じ内容がしつこくダブるのである。
彼らが描いてる絵は油絵なので、乾く前に他に触れると、絵の具が移ってしまうのだ。
後藤さんは後でしまおうと思ってそこに置いただけなのだろうが、これじゃダメだとガンガン言われている。
そして、「このままじゃダメよ。」「新聞紙ないの?」「新聞紙で包みましょう。」「後藤さん新聞紙は?」と新聞紙を要求し、要求された後藤さんは車まで新聞紙を取りに行く。
その間にも「後藤さん、乾く前の絵を出しっぱなし・実は一時的においただけなのに事件」に乗り遅れた人が「あら、これ誰の絵?しまわないの??」と時間差でやってくる。
新聞紙をもって再び後藤さんが現れると、「そうそう、それで包んで!!」と煽られ、急いで包み出す。
実はこの時私はちょっと不安がよぎったのだが、油絵のことなど分からないし、私は黙っていたのだ。
そして今日。
後藤さんの絵は乾いて、新聞紙が貼り付いていた・・・。
「ああ、くっついちゃったな。」
後藤さんはそうとだけ言って、新聞紙を剥がし始めた。
「あら、くっついちゃったの?」
「大丈夫よ、その上から描けばいいじゃない。」
「そういう絵、あるわよ。」
女性陣は軽く流し、みんな自分の準備に夢中だ。
気の毒なので私は手伝ったが、「大丈夫?」と言った人がひとりいただけで、私の母など「舐めればとれるかもよ。ハハハ。」と訳のわからない事を言っていた。
結局新聞紙は濡れぞうきんでこすって落としたが、印刷が写ってしまった。
「あら、これも素敵じゃない♪」
素敵かどうかは後藤さんが決めますからっEE:AE4E5
小さい頃から私は人よりトロく、何をやっても置いていかれて取り残されていたが、ひとりだけ遅れてキャンバスに向かう後藤さんを見て、そんな頃を思い出した。
女性陣は冷たい訳ではない。
本当に気が付かないのだ。
主に年齢のせいだと思われるが、自分のことで精一杯なのである。
そしてその種類の冷たさは、子供の冷たさと共通するものがある。
あぁ、私はまた数十年経ったら、ああいう無神経さの中に戻らなくてはならないのか。
いや、相応に歳を取っていれば、私も加害者になるのだろう。
しかし後藤さんも、その頃の私も、加害者も、きっと何も感じないのではないか。
彼らは成り立っているのだ、あの形で。
今日も後藤さんは自分の片付けを後回しにして、みんなの分を片付けていた。
いつもの姿である。
そして完成形である。