人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

ロマンス

「油断した・・・。」

鏡を見ると、唇に大きな水ぶくれができていた。

ヘルペスである。

ここまで巨大なのは、初めて発症した10年前以来だ。

見た目の醜さと不快感に、もう二度とこんな目に合いたくないと注意をしてきたが、油断した。

唇がピリピリする段階で対処すれば、ここまで悪化しないのである。風邪を引いてこっちにまで気が回らなかった。

こうなったらもうどうしようもないが、できるだけ早く病院に行くが良しとのことだ。

見た目は単なる唇のオデキのようでも、ヘルペスはウィルスが原因となっているらしい。

そのせいか、風邪とはまた別のダルさと頭痛があった。こっちも何とかしてもらいたい。

朝イチで、病院へ向かった。

 

かかりつけが休みだったので、ネットで近所の内科を検索した。たかがヘルペスとは言っても、ちゃんとしたところで診てもらいたい。口コミのいい病院を選んだ。

ここが、開院早々大行列なのである。

どうやら市の健診日であったようで、みんな同じ大きな封筒を持っていた。

「待ちますか?」「そうですね、今日はちょっと・・・。」という受付の会話が聞こえて来る。

ここはやめよう。その場でまた内科を検索。

ところで口唇ヘルペスなら皮膚科の方が良さそうだが、以前行った皮膚科は激混みだったため避けたい、他に近いところでは見つけられなかったのである。

 

この近くにもそこそこ評判のいい内科があったが、地図を見てもなかなかたどり着くことができない。

なんなの、グーグルマップ!地図は正確でも向きが分からん!

お陰でスマホをグルグル回しながら、行ったり来たりである。

そしてやっと見つけたその病院は、休みだったのだ・・・・・・・。

 

体調が悪い所をおしてきたのだ、もうこうなったら一刻も早く座りたい。待つかもしれないが、前回行った皮膚科へ。

「1時間半待ち。」

いや、待ってもいいとは思ったが、実は午後にも病院の予約が入っているのである。そういう意味ではそこそこ早くは帰りたい。

その病院で順番待ちをしつつ、また検索。

 

・・・あそこなら、空いてるんじゃないか。

実は、行ったことのない病院だったが一軒あてがあった。

バンド仲間が「ロマンス」と呼んでいる、エロで有名な小さなクリニックだ(笑)

エロなら空いてるだろう。そんな気がした。だいたいこんな唇オデキ相手で、エロの発揮のしようもなかろう。そもそもこっちはスッピンの50女だ。ロマンスにだって選ぶ権利がある。

念のためネットの口コミを見てみたが、一件目が「女性は絶対行かないで!」であった(笑)

 

それでも私は、行った。先に書いたように、あまり心配するような要素はなかったし、もうこれ以上動き回りたくなかった。

そして実際、クリニックは空いていた。それだけでも良しではないか。

 

名前を呼ばれ診察室に入ると、そこには白髪頭で愛想のいい「ロマンス」が座っていた。

気のいいおじさん、という感じで、嫌な印象はない。

「ヘルペスができまして。」とマスクを外すとそのデキモノにロマンスは一瞬たじろいで、「これは凄いね。痛そう。痛いでしょ。」と言った。

そして、「いや、僕は痛そうだね、って言ったけど、これ、『キスする時に邪魔になるね』って言われちゃうね。」と続けた。

キス。

病院というこの場にそぐわないその言葉に、不快感すら浮かんで来る余裕がなかった。医者の口から出たその言葉は何か医学的な響きを持たせ、不思議な感じがした。私は笑った。「そんな機会はもうなかなかありませんので大丈夫です。」何を言ってるんじゃ、私は。

 

こうして私はどこも触られるようなこともなく、服を脱がされるようなこともなく、診察室を出た。

そういう意味では被害はなかったが、それにしても唇のヘルペスを見てキスに邪魔という考えが浮かぶなんて、真正エロではないか。桜の花びらを見て「美少女の尻」とでも言うような変換である。

 

しかし空いている、というのは利点だ。

今後は「ヘルペス専門医」として、利用させてもらおうと思う。