人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

献杯

ヤバい・・・。

 

告別式は11時から。

その前に友人宅でヘアカットをお願いしてあったので、家を出るのは9時の予定であった。

これでも早めに準備を始めたつもりだったが、昨日のうちにやっておくべきだった。ないのである、「冠婚葬祭セット」が。

そもそもは、タンスに専用スペースを作ってあった。そこを、タンスひとつ断捨離したので、その時に移動させたのである。

心当たりは探した。それでも見つからないので、ローラー作戦だ。

あからさまになさそうな場所は探さなかったが、それでも見つからないので最後には音楽室まで探した。

もうこれは、ない前提で準備した方が、つじつまが合いそうである。友人宅に行く途中の100ローで買うことにする。

 

そもそも髪だって、こんなになる前にサッサと切っておけば良かったのだ。別に会う人もいないからと思って放置していたが、その結果すでに何度か、無様なさまを晒す羽目になった。

さすがに今回は、会う人が多過ぎる。休日かつ告別式前の少ない時間の中、無理を言ってお願いしたのであった。

 

100ローには何も売ってなかった。

必要だったのはストッキング、ふくさ、黒系ハンカチ。どれもなかった。もう床屋さんに泣きつくしかない。

 

床屋さんに助けられ、何とかまともな体で告別式会場に辿り着いたのだ。

毎度お焼香の回数が分からなくなるので、事前に聞いておいた。ついでにナムナムと言った方がいいかと聞くと、「そんなつまんないこと言うな」と床屋さん。「じゃあなんて言う?」「シゲーッ(ダミ声)」「ひとりずつ『シゲーッ!!』」って。」

ところが本当に突然「シゲーッ!!」と叫んだ人がいたので心臓飛び出すかと思った。

彼は、シゲちゃんがごく少年の頃から通っていた老舗居酒屋さんのマスターであった。

まるで子供を叱るような言い方に、早く逝ってしまったシゲちゃんへの怒りややるせなさというものを、痛いほど感じた。

 

式が終わるとこのマスターの声掛けで、シゲちゃんの同級生の営業する居酒屋さんに集合することになった。

「全員呼んで来い!好きなもの飲め!何でも食え!」

そう言ってマスターは、料理をジャンジャン注文した。

ある程度料理が出切ると、「全員集まれ!」とマスターは声を掛けた。

ここにいるのは、みんなシゲちゃんの友達だ。同級生たちはみんな、若い頃からのマスターのお店のお馴染みさんばかりである。

昭和のいい時代だ。未成年の飲酒にもタバコにも、まだ寛容であった時代。ちょっとワルい少年たちを、ずっと見守ってきたマスターであった。

そんなマスターを、全員で囲む。まるでマフィアの一族のようである(笑)

「献杯。」

「献杯。」

シゲちゃん、と語り掛ける声が、聞こえてくる。

 

お酒がシゲちゃんの身を滅ぼしたことは間違いないが、そのお酒がまた、シゲちゃんの救いになったことも確かだ。

これがシゲちゃんの選んだ人生なのだ。

「オレはこれでいいと思ってる。」もうひとりの父親であるマスターは、言った。

 

今一切の苦しみから放たれて、どうか安らかに。

私はもう少し遊んでから、そっちに行くよ。