午前1時30分。
ライブも終わり、シメのラーメンを食べ、最後のお酒も飲み切れずにタクシー乗り場に向かっていた。
もう限界じゃ。飲み過ぎたし疲れた。
そんな時に悪魔の誘いが・・・。
まだライブ会場に残っていたメンバーが、これから飲みに行くぞ、と(笑)
もう酒なんか一滴も入らない、立っているのも辛い、一刻も早く布団に入りたい。
ラーメン〆メンバーと後発隊と合流はしたが、私だけ先に帰ることにしたのだ。
私抜きでみんなで盛り上がることを考えると恨めしい。
それよりも、いまこの体調が恨めしい。
風呂になんか入るもんか、歯なんか磨くもんか。家に着いたら布団に直行してやる。何なら着替えもしなくていい。
しかし・・・・・・。
深夜のタクシー乗り場には人っ子一人おらず、どこにも何の動きもない完全な静寂であった。
そのまましばらく待った。
体調はますます悪く、肩で息をしている状態だ。誰かにすがって助けて欲しい程である。
その他人ですら、現れなかった。
気配すらない。
一体この調子で、タクシーはいつ現れるのだろうか。
私は無駄な時間を過ごしているのだろうか。
考えたくはなかったが、考えざるを得なかった。もしかしたら歩いた方が早いんじゃ・・・・・。
ここから家まで徒歩20分強というところか。
しかしこの体調に加え、背中にはキーボード、前にはダンナから預かったリュック、片手には飲み物が2本入ったパンパンのバッグ。
どうにもならない事態が起こった時、子供は泣きだすのが常だ。
私も泣きたかった。
子供なら、誰かが手を貸してくれるかもしれない。
私が泣いたらどうなるだろうか。
それ以前に、誰もおらん。
観念して私は、歩き出した。
ますます泣きたくなった。足が痛い。
まさかこんなことになるとは思わず、ライブ用に厚底かつヒールの高いブーツを履いて来たのだ。
しかもこの安物ブーツ、素材が硬い上にサイズが小さいので、履いているだけで足が痛くなるような代物だ。
家が遠いEE:AE473
遠いと思うとなお遠い。
頑張れ、ぽ子。遠くとも確実に一歩ずつ、ゴールに近づいているのだ。
歩いている限り、確実に近づいているのだ・・・。
人どころか、車さえほとんど見かけなかった。タクシーなど、絶望的である。
ふと、背後が気になって振り返った。
こんな人気のない深夜に後ろから刺されても、誰も気がつかないだろう。
そう思うと、急に怖くなった。
何度か振り向いているうち、やがて男が現れた。
さっきまでいなかったのだ。わき道から入って来たか、歩くスピードが速いのか。
男はどんどん近づいてくる。私は刺されるのだ。
あからさまに逃げれば、向こうもそれをきっかけに追ってくるだろう。
私は足を早めた。
それでも男との距離は、縮まるばかりである。
右手に商店が出て来たので、その店先に入り込んでスマホを手にしてみた。
御覧なさい、私はひとりじゃないわ。私に何かしようものなら、・・・。
男はスタスタと私を追い越し、その先の角で曲がって消えていった。相当お急ぎのようである。
私はスマホをバッグに戻し、力なく笑った。背中にキーボード、前にはリュック。そもそも刺すところなんてほとんどないじゃん。
新しい形の恐怖に新鮮味を感じ、もうほとんど酔いが醒めていることに気がついた。
これまではいつも酔って歩いていたので、恐怖を感じるどころか暇なのでその辺を歩いている人に話しかけて喋りながら帰ったりしていた。
もう、夜中にひとりで歩いて帰るのはやめよう。怖い思いも恥も御免だ。