人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子56歳。

母の、残された世界の中で

母の声を聞いたのは、何年ぶりになるだろうか。

「もうこのまま死ぬまで会えないのかと思ってねぇ。」

厳格で、弱音を吐くことなどなかった母は、歳を取ってボケ始めた頃から「死ぬ」という言葉を良く出すようになった。

昔の母は、死ぬことなど恐れているようには見えなかった。

母には「死後の世界」など存在していなかったのだ。

「死んだら無になるだけ。」、ドライにそう言っていた。

ボケとは言ってもまだまだ軽症で、しっかりしている時は以前の母とそう変わらなかった。

しかし母にとって「何が何だか分からない」という状態があることは、大きな不安になっていたようである。あの頃から母は、弱くなったと思う。

事情があり、私は父と母との関係を断つことにしたのだ。

それから数年。

母のボケが進んでいれば、私のことなど忘れているかもしれない。

いっそその方がいいと思っていた。

私は最後まで、親不孝だ。

それでも、悔いはない。

やれることはやった。

そしてそれは、何ももたらさないと知った。

電話を取り次いだのは、兄だった。

母の声は変わらず、穏やかだった。

体の不調は良くなり、思ったほどボケてもおらず、元気そうである。

これなら私の存在など、消えても良さそうだ。

「もうこのまま死ぬまで会えないのかと思ってねぇ。」

そんなことを言われると、気持ちが揺らぐ。

いったい母の中に、私はどれほど残っているのだろうか。