人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

[古日記]No.20 H1.4.18~H2.6.14①

このNo.20は、途中長いブランクがある。

色んな事があったらしい時期で、ブランクが明けたら生活は激変していた(笑)

まずはブランク前。

相変わらずである。

飲んだくれ、寝てばかりいる。

睡魔に抗うために、必死でファミコンをしていた模様。

「3時過ぎ、洗濯してたら、」は??洗濯、3時過ぎ!?

生保の勧誘員になる。

上手い話に乗せられてしまった形だったが、良かったのは研修の間だけであった。生保の勧誘など、厳しい仕事である。

所属が新宿だったため、研修期間はNSビルという高層ビルで研修を受け、昼にはビル内の食堂で美味しいランチを食べた。

今思うと、夢のような期間であった。

中卒の私が、あのような環境で働けるチャンスは今後皆無だろう。

月収、15万。

スーツを買い、仕事帰りには新宿の洒落た店で飲んだ。

これも研修期間までである。

研修が終わると、いよいよ契約を取りに行かなくてはならない。

私は農林水産省の担当になったが、行ったら行ったで多数のライバルがすでに幅を利かせていて、「あなたの出る幕なんてなくてよ」みたいなことを言われたりした。

そもそも、保険の契約なんてそう簡単に取れないってEE:AEB64

活動時間は昼休みになるが、招かれざる客である。露骨に嫌な顔をされる。

赤の他人にこんなに嫌われたことなど、後にも先にもこの時ぐらいだろう。

顧客データを集めるために、話しかけ、アンケートを取り、アメなんかを配ったりした。

後で知ったが、勧誘員を増やすのも、仕事の一つであった。私はそれにまんまとかかったのである。

成績は壁に大きな棒グラフとなって貼りだされていた。

研修ですっかり洗脳されていたので、最初のうちは私も精力的に動いてはいた。

しかし結果は全く出ず、友達に頼み込んだりして迷惑をかけてしまった。

しかし、悪いことばかりでもなかった。

研修で知り合い、仲良くなった友達がいた。

中でもひとりは特別親しくなり、しばらく付き合っていたのだ。

彼女、どうしてるだろうか。

美人なのにビッチで、面白い子であった。

結局、3ヶ月ほどで辞めてしまったのだ。

辞めたい、と言った途端に上司の態度が急変、「お前のような人間は、これからまともに生きていける訳がない」などと延々怒られたのだ。

優しくて気のいい上司だったのに、本当に驚いた。

辞めて良かった。

かくして再び、無職となる。