12時55分。
5分早いがインターフォンは鳴った。
来た。
勝負の時である。
ずっと逃げてきた問題であった。
携帯を持つようになってから家の固定電話が鳴る事はかなり減ったが、それでも時々は来る。
ここにかけてくるのは、友達でない場合が多い。
携帯を持っていない世代、つまり実家や親戚関係か、店やセールスやの企業関係である。
実家や親戚なら迷わず出るが、セールスはやっかいだ、一応表示されている電話番号を見て、0120や070などというものには出ないようにしている。
大事な用事であれば、留守電に入れるはずである。かけ直すかはわたくしが判断します。
で、この頃多いのは、生命保険会社からのものである。
我が家で加入しているところで怪しい事はないのだが、面倒な臭いはする。
まずは「保険内容の事で確認したいことがあります」が数回、何度もかかってくるのでついに受話器を取ったが、今度は「契約者御本人に確認したい」、一応ダンナにも伝えたが彼も面倒なようで放置し、しかしついに先週の日曜、良く見ないで電話を取ってしまったのである。
やっと「契約者御本人」を捕まえた生保レディは、なにやら我が家に来て話をしたい様子。
「保険の内容に変更があったので説明をしたい」との事だが、怪しい。きっと保険内容の見直しと言って、一回り膨らんだ保険を勧めてくるに違いない。
私は身振り手振り顔振り(ゲェ、という表情)でダンナにNOサインを送ったが、その説明は契約者に必要な説明らしく、聞くしかないようである。
電話でいいだろう、と直接私が出て言ったが、「資料を見せて説明したい」と言うので、返す言葉がなく、怪しいと思いながらも彼女を迎えることになってしまったのだ。
どうせ保険内容の変更など大した変更ではなかろう。それは口実なのである。
新しいプランを勧めたいならそう言えばいいのに、詐欺まがいのこすい手段に腹が立って仕方がなかった。
まぁ向こうも仕事だ、バカ正直に言えばその先はない事は良く分かっているのだろうが、水際で防げなかった自分にも腹が立った。
あぁ、時間がもったいない。
30分程度と言ったが、それだけあれば、ゲームで次のワールドに出る事ができるだろう。
くそー、くそー、悔しい。
負けるものか。
新しいプランなど、絶対に聞かないぞ。
契約内容の変更だけ聞いて、サッサと追い返してやる。
先に言うと、彼女が帰ったのは3時である。
ゲーム時間に換算すれば、ラスボスまで行けるかもしれない。
こんにちは、よろしくお願いします、と言って頭を下げたその女性は、私より少し年上と思われる上品な人であった。
媚びるようなところもなく、淡々と説明を始めた。
私は向こうのペースに流されないよう、「契約内容の変更の説明」か、「新しいプランの説明」かをすぐにでも見極める努力をした。
準備はできている。
「契約内容の変更のお話に来たんですよね?」
「今の契約を変える気はありません。」
「本当に忙しいので申し訳ないんですが。」
笑顔を作るな。
意地悪そうなキツい女になるのだ。
ビビらせろ。
果たして彼女が最初に開いたのは、今入っている保険内容と新しいプランの内容を比較したパンフレットだった。
息を吸って用意したセリフを言おうとしたら、「本当は毎年ご契約内容の確認に伺うはずなのですが、こちらの担当の方は来られていないようですね。」と先に言われた。
おう、来てねーよ、来れないように電話も手紙もしらばっくれてるからね。
「こういうものって時々見直さないと、どういうものに入っているのかが分からなくなっちゃうんですよね。」
ん?そうか?
うん、そうだね。
パンフレットを見ても、何がどうなってるんだかサッパリ分からなかった。
「お客さまの保険のこの部分、今ですね、こういうタイプのものがあるんですよ。今まではこうだったところが・・・。」
ほほぅ。
やがて私に子供がいて、彼女の息子と1つしか歳が違わないことが分かると、子供の話になる。
息子さん、ぶー子にそっくり。
困っているという、お母さんである彼女の話を聞けば、私にそっくり。
悩みを打ち明ければ「やっぱりそう!?」
すっかり意気投合して、保険の話はそっちのけで、お互いに心にしまっていた思いを吐き出し合っていた。
しかし暗い雰囲気ではない。
あまりにも似ていて、笑いが止まらなかったのだ。
こんな事ってあるんだろうかと言うほど似たような過去を持ち、似たような思いをし、似たように悩んでいた。
いや、意外と心を開けば、みんな似たような思いをしている事が分かるのだろうか。
だとしても、とにかく私も彼女もそれを心の中に閉じ込めていて、ここでやっと共感することができたのである。
楽しかった。
別れが惜しい。
なので保険の内容についてはおざなりだ(笑)
でも彼女にまた会いたいから、勧められた通りにしてもいいか。
喜んで白旗を揚げよう。