人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子56歳。

自由への失走

我が家に月曜日がやってきた。

昨日は飲まずに(飲めずにEE:AE4E6)寝たが、起きれんかった・・・EE:AE5B1

くそー、月曜の朝の壁が高い。

辛うじてダンナを見送ったが、一体彼は何を食べて行ったのだろうか。(予想:ご飯にのり。)

しかし、起きたからには私も動くぞ。

コーヒーパワーである。

コーヒー+ブログの下書きで目を覚ましてしまえば、睡魔など屁EE:AE4F4でもない。

過去の仕事を全て振り返ってみても、「家事」というこの仕事が一番睡魔から遠いところにあるということが分かったのだ。

そりゃそうだ、私はやるべき事を自分で選択してやっている。

つまり、「やりたい事」をやっているのだ。芸術家と同じである。

眠くなんぞなるかい。

前日飲むと全く駄目だが。

今日は、食器棚の整理の続きである。

先週コップ類を半分ほどに減らしたが、今度は皿の番だ。

普段使っている食器はほぼ決まっていて、ものの数でもないのに、使わない食器が多過ぎるのである。

なので、普段使っていたしょぼい食器を下げ、父から貰った大量の食器を普段使いにすることにしたのだった。

しかし、そもそも普段使っていた食器が「ものの数でもない」のだ。これっぽっち減らしたところでは、大した変化にはならない。

もっと大胆に減らさなくてはならないが、貰ったものを処分するのは気が引けるから、自分で買ったものを手放すことにする。

く~~、キツいEE:AEB64

気に入ったから買ったものである。

父の好みで頼みもしないのによこしたものを大量に残し、どうにも釈然としない。

どうやら父は、客を呼んでもてなす時のために使わせようとしたらしい。

洋食器のフルセット、中華食器のフルセット、和食器はバラで数セット。

人を呼んでもてなすのは好きだが、うちの場合はだいたい大皿盛りなのである。客が来ても使わないものが置いてあったのである。

それどころか、普段の食事もほとんど大皿盛りなのだ。

普段使いにするといっても、どう使うべきなのか分からずに、こんな作業をしている有様である。

まぁとにかく、減らさなくては進まない。

減らせばスペースが空くのである。

そこが空いたらどうするかはまだ考えていなかったが、スペースが空くのだ、夢いっぱいじゃないか。

だいたいこれまでは、散らかった、入らない、減らせ、そればかりで、「好きなものを入れていいですよ」なんて事態はなかなかなかったのである。

何を入れるかまだ決まってないあたりがまた、いいじゃないか。

そのスペースはまだ「自由」なのである。フリーダム。

自由を勝ち取ろうじゃないか。

なぜだ。

なぜ自由が手に入らないのかEE:AEB64

減らしているのだから、その分、空きが出るはずである。

確かにいっとき空きは出るが、そこに別のものを移して整理していくと、にっちもさっちも空かなくなるのである。

この食器棚の内訳は、①皿、②よく使う調理器具、③滅多に使わない調味料のストック、④滅多に使わない調理器具、と大きく4つのカテゴリー分かれるが、良く使うものを使いやすい場所に入れていっただけで、もう満杯である。

恐らくこれまで全然使っていなかった食器が、手の届きにくい場所に山積みになっていたからだろう。

手が届きにくい上に山積みである。デッドストックにもなろう。

そういう事態を避けるために、今回は皿が山積みにならないような配置にしたのである。

これにより皿は取りやすくなるが、そのために空間が増えたのだ。

なので余裕を持ってスカスカだが、変な状態で定着してしまい、にっちもさっちも動かせなくなってしまった。

自由への道のりは、頭脳戦である。

まるでパズルだ。

私は答えがひとつのジグソーパズルなら好きだが、こういう自由度の高いパズルは本当に苦手である。

経験しないような疲れを感じてきたので、今日は途中のまま止めにしてしまった。

あれはいつかどうにかなるんだろうか。

そして、間引いた皿をどうしたらいいものか。

あぁもう、私何か悪いことしましたっけかEE:AE4E5