私はその時、外国人講師を目の前にして冷や汗を流していた。
娘ぶー子は大学を中退したが、彼女が言うにはそれは「やりたいことが見つかった」からであり、そのために専門学校に入り直すとの事である。
経済面など現実的かどうかは置いておいて、今、色々学校を探してはいるようだ。
そしてその中の学校の体験授業が、昨日あったのである。
体験授業や学校見学は、大学入試の前にもいくつか回ったが、それはとても楽しい経験であった。
なので今回も、頼まれもしないのにノコノコついて行き、一緒に授業を受けることにしたのであった。
服飾関係の仕事に就きたいようで、その方面の専門学校である。
恵比寿の駅を降りると、先程買い物して回った原宿とは打って変わって洗練された雰囲気に包まれた。
「いい所だね~」「こんな所で仕事ができたらいいね~」「て言うか住みたいね~」などと言いつつ道を間違えて、四角形の3辺を歩くような回り道をして学校に着いたのは授業の15分前であった。
小さいが、いかにも「ファッション」「デザイン」という感じの洒落た建物である。
変わった形の窓から、洒落た外国人がパソコンに向かったりしているのが見える。
「ちょっとこれは・・・。」
「思ったのとは・・・。」
「・・・帰るか・・・。」
一度は体の向きを変えたが、「いや、やらないよりやった方が人生は面白いぞ。ネタだ。ネタとして行ってみよう。」
こうして場違いを承知で、学校に足を踏み入れたのであった。
ちゃんと予約がされてなかったところでさらに気持ちが萎え、「私もやります」と言ったときの受付嬢のたまげた顔でもう一度萎え、教室に入ってまた萎えた。
私は大学の講義室のようなものを想像していたのでひとりぐらい親が紛れ込んでも目立たないと思っていたのだが、小さな部屋であった。
デスクをいくつか集めてひとつの大きなテーブルにしてあり、それを囲むように座るのである。
人数も、10人足らずであった。
目の前の講師とはアイトークのできる距離、これはしっかりやらないと自分が恥をかいてしまう。
しかしこの授業、「英語で学ぶデザイン画」であった。
どこにしっかりやれる要素が・・・。
「こんな状態で1時間半も授業を聞く自信がない」とぶー子に言うと、「大丈夫大丈夫、実技だからあっという間に過ぎちゃうよ」と彼女は平然と答えた。
実技??
英語で学びながらデザイン画を描くというのか??
室内にはマネキンがたくさん立っていて、そのどれも紙でできた服を着ていた。
生徒の考えた服なのだろうか。
私はその場で洋服を考えてみた。
ふふふっ、何も浮かばないEE:AEB64
誰にもでできるものではないのだ、洋服のデザインなんて。
どうしよう・・・。
時間が来ると、まずは日本人の女性が説明を始めた。
「えっと、みなさん英語の方は・・・。」グルッと部屋を見渡し、「大丈夫ですね。それでは・・・。」
大丈夫じゃない!!
そこで頷いてる女!!
てめーの英語力は誇らしいのかもしれないが、ここにはこういうのもいるのだ。
そしてこういうのが混じってないか見分けるために聞いたのに、お前が当然のように頷くから見落とされてしまったじゃないか!
そして外国人講師が授業を始めたが、ここは英語を学ぶ学校ではないのだ、彼は躊躇なくペラペラと話し出した。
私はとにかく集中して、できる限り単語を拾う努力をした。
会話だとか文法だとかの段階ではない。
聞き取れた数少ない単語を繋ぎ合わせて、想像で理解する。
幸い彼は何度も繰り返し、または別の言い方をしたりしてくれたので大体のところは分かった。
トップスの部分が切り抜いてある女性のイラストに、雑誌の写真を重ねて洋服に見立て、それを手本にデザイン画を仕上げるのである。
それならできなくはない。
仕上がりなどどうでもいい。
大事なのはこの1時間半を、分かったような顔をして過ごす事なのである。
しかし私が聞き取って想像して理解した内容は、果たして正しいのだろうか。
雑誌を手にしたはいいが、手順に自信がない。
私は下を向いて目だけキョロキョロと周りを見渡して、同じ動きをするようにした。
リアルに小学生の頃を思い出した。
いつも授業をちゃんと聞いてないので、周りを見てそれにならって動いていた。
40過ぎてもこんな・・・。情けなし。
廊下に揃えてあったサインペンを取りに行くと、最初に説明をした女性が試し書きの紙を持って現れた。
「てかもう何言ってんだかサッパリ分かんなくて、ハッハッハEE:AE4E5」とヤケクソで言ったら、彼女はそこの机に突っ伏して爆笑した。
この後、私が彼女に目配せすると、日本語に訳してくれるようになったので助かった。
「ペンは太さが3種類あって、この一番細いの、それから中ぐらいの、太いの・・・。」
これは何となく分かったのだが、外国人講師はその後何かをボソボソボソッと早口でつぶやくように言い、周りのみんながそれを聞いて笑った。
つまんねーよクソ、吹き替えのない映画を観ながら外国人限定で笑ってるアレかよ、と仲間のぶー子を見たら、彼女も笑っていた。
そんなんだから日本人がナメられるのだ。
雰囲気で笑うんじゃない!
見栄張りよってからに・・・。
出来上がったデザイン画は洒落た紙に貼り付けられ、立派な仕様になって返された。
それをぶー子のバッグに入れ、私達は帰りの電車で授業を思い返していた。
「あんた、サインペンの説明してる時にみんなと一緒になって笑ったでしょ。」と問い詰めるとぶー子は「だって大・中・小・・・、スターバックスみたいでしょ?って。つまんね~~!!しかもそのネタ、後でまた使ったでしょ。もう笑いのレベルが外国・・・、ん??」
あの教室で、一番授業を、言葉を理解していなかったのは私であった事が決定した。
後で分かったが、これは体験授業などではなく、1コマいくらでやっている夏期講習であった。
そしてこの授業の趣旨は「楽しく英語を学びながら」ではなく「英語圏の人も勉強できる」という意味での「英語で学ぶ」であったのだ。
メインは「英語で学ぶ」ではなく「デザイン画」の方である。
しかし出来上がったデザイン画をどっちが良いかとダンナに聞いたら、私の方がいい、と言われて、英語力のダメージが少しばかり修復されたのであった。
やることがなかったから、ひたすら細かく書き込んだ賜物である。