「アンタ、忘れてるんじゃない?」
はい、もちろん忘れてました。
今日の午前中は実家の母から頼まれた用事があったのだが、案の定すっかり忘れていた。
それを見越して昨日電話があったのだが、私はまた娘ぶー子が何かを忘れているのかと思った。
カレンダーにも書いておいたのに、見なければ仕方がない。
母の用事とは、「死に支度」である。
娘としては複雑な思いだが、立つ鳥は後を濁したくないと願っているのだ、それを手伝うのがせめてもの孝行になろう。
母は自分が死んだ後に、葬式代ぐらいはすぐに使えるような手続きを銀行にしに行くと言った。
受取人として私が選ばれたので、何やら立ち会わなくてはならないようなのである。
詳しい事は分からないが、それなりの手続きをしておかないと、預金が凍結してしまうとの事だった。
「ちょっとたくさん記入して頂かないとならないんですが・・・。」
書類がいくつも出されていた。
見ると、保険契約云々と書かれている。
「保険!?」
「あら、言ってなかったかしらEE:AEAC5」
私はそういう手続きが、銀行でできるようになるのかと思っていた。
これは生命保険の商品であり、まとまったお金をそこに預けると、万一の時にすぐに下りる、という事らしい。
しかし預金ではない。
時期によってはマイナスになる。
というか、どう考えてもマイナスのうちに、母に万一の時はやってくるだろう。
また銀行員の口車に乗って・・・。
これまで母は、株だか何だかに投資させられたり、銀行に留まらずバカみたいに高い掃除機を買わされたり風呂場を改装させられたりしていた。
ちょっと待ってーな、保険って・・・。
「賢者の選択」。それがその商品名である。
賢者。
母は賢者ではない。
単に何でも契約する年寄りである。
しかし商品そのものには、別に問題はなさそうであった。
確かに少々マイナスになって戻る事になりそうだが、そうでもしないとすぐに現金が手元に来ないらしいのである。
すぐに現金が必要になるのかどうかが良く分からないが、もうまな板の上の鯉である。
深く考えている余裕はなかった。
この頃の保険の契約は、ずいぶん慎重になったものである。
契約者がちゃんと内容を理解しているかどうか、無理矢理契約させられたりする要素はないかなど、多くの項目にいちいちチェックをつけるようになっていた。
トラブル防止のためだろうが、私は二度寝をしないで来たのである。
もう保険の説明で「脳力」は使い果たしている。
私は授業参観に来た母親のように微笑んで見守っていたが、「はーやーく!」「はーやーくっ!!」と心の中では子供のように歌っていた。
最後に母はアルミホイルやらミニバッグやらがたくさん入った紙袋をもらって席を立ったが、そ、それ、これまでに私が何度も何度も母からもらってきたシリーズである。
どんだけ契約してるんだってEE:AEB64
一方私は、話を聞いただけであった。
一応ハンコも持っていったが、ハンコどころかボールペンにすら触る事はなかった。
二日酔い気味で喉が渇いていたので、スタッフが席を外した隙にそこにあったアメを勝手に1個食べたが。
まぁ母が安心して残りの老後を過ごせるのなら、これはこれでいいだろう。
ところで、葬式を出すのは私ってことになるのだろうか?
それはそれで不安だと思うのだが。