昨日からまた風邪のぶり返しだ。
しかし風邪を引いてもそうそう食欲は衰えないぽ子である。
食欲がないと言ったらその時は、死期が迫っていると言っていいだろう。
なので昨日もだるい体を引きずって、新宿でラーメンを食べて帰ったのだった。
肌寒い夜だった。
西武新宿の駅の、馬場寄りの改札を目指す。
アメリカンブルバードの横をダンナと並んで歩いていると、もあ~~~っと懐かしいような不愉快なような臭いが流れてきた。
タバコの煙である。
私達の前にはスーツを着た小太りのサラリーマンが、タバコを吸いながら歩いていた。
新宿区は歩きタバコが許されているのかはわからないが、私達はただ駅を目指して歩いているだけでオヤジのタバコの煙を強制的に吸わされているのだ。
食後である。
風邪っぴき。
不愉快だ。
やがて彼はガハハと笑いながら手に持ったタバコをポイッと放り、チャチャッと踏みつけた。
早業だ。
慣れた所作である。
当然踏まれたタバコはフニーと潰れたまま、そこに捨て置かれる。
どこまで腹の立つ野郎だ。
このオヤジらは駅の改札でさらに2人の似たようなオヤジと合流し、スポ-ツ新聞を手に大声で盛り上がっていた。
私達はそれを追い抜かし、本川越行きの準急の一番前の車両に乗り込んだ。
運良く空いていて、座る事が出来た。
しばらく私の隣も空いていたが、果たしてそこに座ったのは先程のオヤジたちの中の一人であった。
片手にスポーツ新聞を持ち、背中を反らして彼はすぐに寝る体制に入る。
もあ~~っと酒臭い息が流れてきた。
しかし私は、酒絡みでは寛大である。
まぁ結構飲んだんですね、と思っただけで、私は本を読み出した。
やがて電車は走り出し、私は本に熱中した。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
私は左にちょっとした重みを感じた。
意識を本から外すと、現実の世界では左隣のオヤジが爆睡して私の方に流れてきていた。
寄りかかられたらたまらないので、オヤジの傾きに合わせて私も少しずつ右に体を傾かせた。
ある線まで来ると体が傾きすぎを認識するようで、スッとまたもとの真っすぐの姿勢に戻る。
しかしオヤジは何度でもこっちに流れてくる。
私は意地でも寄りかからせない。
なぜこんなに嫌悪感があるのか?
それはオヤジだからだろうか?
それではあまりにも気の毒である。
彼は1日働いて、私も良くやるようにパーッと飲んで、気持ち良く眠っているだけではないか。
ではこの左隣が若い女性だったら私はどうするだろうか?
考えてみた。
私は寄りかからせるだろう。
可哀相に、疲れたんだな、と素直に思う。
では若い男性だったらどうか?
むー、むー、と私は真剣に考えた。
不潔っぽい人だったら嫌だなぁ。
じゃあ清潔だけどオタクっぽい人だったら?
30歳ぐらいだとどうだ?
40歳でもパリッとしたイケメンだったら??
私は混乱した。
結局好みの問題ではないか。
理不尽である。
私は隣のこのオヤジの何を知っているというのだ?
幾多の不幸を乗り越えてきているかもしれない。
小学生のかわいい子供の優しい父親かもしれない。
電車が加速すればする程、オヤジはこちらに重みをかけてくる。
オヤジの組んだ腕の右ひじが、私の腰の辺りに触れる。
う~~、ゴメンナサイ、嫌ったら、嫌だ。
どうして、私だってもうババアの年齢に入っていて、同類に片足突っ込んでいるのだ。
ダンナなんか男なんだからまさにこのオヤジと同じ世界に、世界に、・・・。
そこで私はハッと右隣のダンナを見ると、首を垂れてグラグラと揺れていた。
まずい、このまま電車の加速度が上がると、その隣の女性に寄りかかってしまう。
私は女性の心の中を想像した。
私の左隣への気持ち、そのまんまである。
私の右隣にいる人は、永遠の愛を誓い合った人である。
その人が「オヤジ、嫌!!」と思われているかと思うといたたまれない。
私は左のオヤジをかわしながら、右のダンナの傾斜にハラハラした。
電車は上石神井からは各駅止まりとなる。
つまりこまめに止まったり発車したりを繰り返すようになるのだが、私はこの爆睡野郎たちの法則を発見した。
電車が発車してしばらくは加速が大きく、Gに負けて進行方向と逆の右に大きく傾くのだ。
寝ている彼らは楽な姿勢ととろうとするので、そのまま寄りかかりたがる。
つまり、発車してしばらくが危険な時間帯なのだ。
左のオヤジに対しては、「あえて肩を貸し、急に右によける」というひどい技で牽制していたが、ダンナもいよいよ右の女性にメロメロである。
とうとうダンナの腕をこっちに引いて、注意を促した。
ダンナはすぐに目を覚まし、次の瞬間には何事もなかったようにカレーのガイドブックを開いて「この店ね、・・・」と私に見せたから驚いた。
久米川について席を立つと、その気配でやっとオヤジも目を覚ました。
彼はどこまで行くのだろうか。
かくいう私も爆睡して、ひとつ空けて隣に座っていた小さな女の子の頭に傾いて、自分の頭をゴツンとぶつけた事がある。
あの時は私も若かったので、恥ずかしくて謝る事すらできなかった。
女の子が驚いた顔でこっちを見ていたことが、忘れられない。