人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子55歳。

魔女の一撃

今日はぶー子の誕生日パーティである。

家でパーッとやろうという事だったので、私は事前に様々な企画を練ってあった。

あとは準備を残すのみである。

ところが早起きできたのはいいが、かったるくて動く気にならない。

ハッ、今思い出した、洗濯したけど干してなかった!!

現在21時。

(ハッ、また忘れてた!!下書きの見直しの22時。)

結局昼前までウダウダダラダラしていたのだが、覚悟を決めて掃除を始めたその時、「あいたたたたた・・・。」というダンナのか細い声が洗面台の方から聞こえてきた。

歯を磨いていると、時々エルが肩に飛び乗る事がある。

そんな時は一気に上らず背中を駆け上るので、結構痛いのだ。

痛い痛いと言いながら嬉しいくせに、と洗面所を覗き込んでみると、エルの姿はどこにもなかった。

代わりにダンナが洗面台に手を突いて「いたいいたいいたい・・・」と蚊の鳴くような声を出していた。

声が小さかったので大した事はないのかと思ったら、逆であった。

痛くて声すら満足に出せないのだ。

この時ダンナに起こっていることの情報は、「腰が激しく痛い」、それのみである。

上にも下にも、右にも左にも、微動だにできない程の激痛なのだ。

彼が言ったのではない。

見てそれが分かる状態なのだ。

どうしよう、どうしよう、と私も泡食ったが、何もできる事がない。

ダンナは動けないのだ。

手の貸しようがない。

なので痛がるダンナを放置し、パソコンに向かった。

絶え間なく「痛い痛い」という声が聞こえる中である。

結果。

これはほぼ、ギックリ腰決定である。

ダンナはしばらく洗面台に突っ伏して(とても時間をかけて彼は突っ伏したのだ)から、ゆっくりゆっくりと、顔をゆがめながら和室の布団まで歩き、たっぷり時間をかけてそこに横になった。

横になっても「どのポーズも痛い」というように、ゆっくり形を変えては「痛い痛い」と顔を引きつらせていた。

一方、ネットの情報を繰っていた私の方が得たものは、無理に病院へは行かずにしばらく安静にして落ち着くのを待つ、であった。

しかし本当にこの痛みは良くなる時がくるのだろうか、と思うほどのダンナの苦しみようである。

1時間ほど待ったが変化がみられないので、往診してくれるところをさがす事にした。

ところでギックリ腰とは、何病院の何科なのだ??

「ギックリ腰」で検索すると、ほとんどが「整骨」「接骨」「鍼灸院」である。

目に入る情報があまりにも浅く広いので、途方に暮れてしまった。

結局、様子をみて待つことにした。

相変わらず厳しそうではあるが、2時間ほどで、ゆっくり時間をかけて、手を貸せばトイレにいけるまでになった。

それを見届けてわたしとぶー子は、近所のスーパーに買い出しに行った。

パーティは延期だが、せめて何かおいしいものでも買って帰ろう。

ダンナの金でと目論んでいたら、カードを忘れてしまい自腹になってしまった。

寿司やら生春巻きやらを買い込んで戻るとぶー子が、

「おどかしてやろう」ととても素晴らしい事を思いついた。

ダンナは窓を開け放って、1階の和室で横になっている。

そこから「ばー!!」である。

腰よ、一瞬だけ頑張れよ。

その窓は自転車を置いている場所のすぐ横である。

レジ袋はカサカサ鳴るから、手前からぶー子が持って玄関の前に置いた。

私はチェーンがカラカラ鳴らないように、後輪を持ち上げて自転車を置きに行った。

二人で窓の下に屈む。

と、その時、

「ハロウィン、ハロウィン!!」

ぶー子は先日ディズニーランドに行ったのだが、そこで見たハロウィンのパレードにいたく感動し、着メロもその曲にしたのだ。

慌ててそれを止めながら、私達は声を出さずに爆笑した。

バレたか?

よし、それならアプローチを変えよう。

私達は庭に回った。

庭側の大きな窓から「ばー!!」だ。怖いぞ。

頑張れ、腰。

窓は開いて、網戸になっていた。

ところがこの網戸が引っかかってなかなか開かない。

緊張時の小さなトラブルは笑いを誘う。

別におもしろくもない事態だが、声を殺して笑う。

やっと開いてあとはすだれをめくるだけとなったが、ここでちょっとした打ち合わせ不足に気がついた。

「ばー!!」はいいが、そのタイミングを決めていなかったのだ。

せーの、「ばー!!」か、

せーの、せ!!「ばー!!」か、

せーの、せっっ、「ばー!!」か。

結果私達は何度も「せーの」を繰り返した。

ここまで来て作戦を練り直す訳にもいかないのだ。

相手の顔色次第でいこうとお互い思っているのだが、親子である。どちらも先導する力がない。

結局ヘロヘロと「ばぁ・・・。」と押し入ったが、ダンナは寝ていたらしく驚きもせず、「ん??」と薄目を開けただけであった。

この苦労は一体・・・。

ダンナも寝ているし、私とぶー子もスーパーの店員の特大あくびがうつってから眠くてしょうがなかった。

なので昼寝をした。

夕方に起きていくと、「ちょうど良かった」というダンナの声が和室の布団方面から聞こえてきた。

覗くと彼は立ち上がろうとカエルのようなポーズをしている最中であった。

そしてトイレを済ますと、意を決して病院に行く事にした。

そのためにパンツ一丁のダンナはズボンを穿かなくてはならないが、彼は屈めないのだ。

穿きやすいウエストがゴムのコットンパンツを目の前に、「悪いんだけど・・・。」とダンナは私に言った。

私は屈んでダンナに肩を貸しながら、片足ずつズボンを通してあげた。

ダンナは「申し訳ない。」と何度も言ったが、「家族だから助け合っていこうよね。」と私は答えた。

と同時に、「私がいなくちゃ、何もできなくなっちゃったんだ。今、この人の運命は私の手の中・・・フッフッフ。」とも思っていた。

私が車を出すので運転と車庫入れが心配だったが、何とか病院まで行って帰ることができた。

やはり診断はギックリ腰である。

だいぶ楽にはなったようだが、痛みはあるようで、相変わらず動きはかなり制限されている。

今はソファに大きなクッションをかまして座り、酒を飲んでテレビを見ている。

しかし、珍しく私も「羨ましい」とは思わない。

それほど痛そうなのだ、ギックリ腰。

ちなみにヨーロッパでは、「魔女の一撃」と言うらしい。