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極秘の任務下にあった弥勒丸ではあったが、安全は保障されていたのである。豪華客船としての優雅さを保ったまま、船は進んでいた。
ところがこの任務には、先があった。船の安全が揺るがされるような任務である。
危険を予感した森田船長は、任務の全貌を明らかにするよう、同乗の堀参謀に迫る。
「船に危険が及ぶなら、ただちに停止させます。」
軍人と違い、船乗りである弥勒丸の乗員は、弥勒丸を心から愛していた。森田はその筆頭と言っていい。
しかし軍人である堀もまた、国を守るためと信じて任務を遂行するのだ。
ただひとつ願っているのは、弥勒丸を沈めてはいけないということ。それは森田も堀も、同じだった。
不吉な運命を前に、船には不穏な空気が流れていた。
また地上シンガポールでは、弥勒丸の帰路に乗船する民間人を募集していた。
この平和なシンガポールもやがて激戦地になるという噂が流れ、希望者は殺到する。
その人選を指揮するシンガポール特務機関の土屋も、弥勒丸の本当の任務を知り危険を予感したが、人の流れを止めることはできなかった。陸軍大将に直訴するも、口封じのため、営倉に入れられてしまう。
2千もの人間と大量の金塊を乗せて、弥勒丸はどこへ向かうのか・・・。
弥勒丸がアメリカの攻撃で沈められることは、物語の最初に分かっていることである。私達はその悲劇を前提に読み進めるのだ。
不幸な運命へと向かっている彼らを、弥勒丸を、私達は見ていくことになる。
物語は後半に入り、ますます不穏な雰囲気に包まれていく。切ない。胸が締め付けられるような思いだ。
森田船長はじめ、弥勒丸の船員たちの想い。
彼らは軍人達の指揮下にあっても、客船としてのしきたりを重んじていた。
最後の日も船内には優雅な楽曲「シェエラザード」が流れ、船長は正装をし、ベイカーの極上パンを食べる。あたかもサンフランシスコへ向かう豪華客船のように。
また任務を遂行する堀参謀も、弥勒丸を守るべく最後まで。
弥勒丸は強く、美しく、誰をも虜にする船だった。
それは読者をも魅了し、悲しい結末を共にする。
辛く、切ない物語であった。
ただ現代の方のラブストーリーが、昭和のトレンディドラマのような臭さが鼻についた。
作品中に出て来る、リムスキー=コルサコフ作曲の「シェエラザード」だが、ふと思い立って聴いてみたのはもう物語の終盤であった。
優美で切ない調べは、弥勒丸そのものと言っていい。
この曲と共に沈んで行った弥勒丸を思うと、また切ないのである。
ぽ子のオススメ度 ★★★★★
「シェエラザード」 浅田次郎
講談社文庫