人間のクズ!

敵は自分の中にいる。ちょっとだけ抗ってみたくなった、ぽ子53歳。

 

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ソバーキュリアス

無自覚の恐怖…「アルコール依存症」と「お酒好き」のボーダーライン【専門医が解説】(YAHOO!ニュース)

そんな記事を読んだ。

私は断じて、自分が依存症ではないと思っている。

根拠は、飲まないと決めたら飲まないでいられるからであるが、こんな記事を読んだのも、実は不安があったからなのかもしれない。

最近の飲酒頻度は、平均して週に2,3日ほどか。突発的なことがあれば、増えることもある。

記録を見ると、2月に飲んだ日数は、28日中13日、1月は31日中15日である。あれ?月の半分ぐらい飲んでることになるのか。突発が多いのかもしれない。

「週に一度は休肝日を、できれば2日」などと言われているので、これならいい方だと思っていた。

ただ、一度に飲む量は多いと思う。問題になるとしたら、頻度よりも量で、依存とはまた違うと思っていたのである。

一日に男性60g以上女性30g以上がハイリスク飲酒になるとのこと、記事に倣って計算してみたところ、私はなんと123.4gであった。これでも最低量である。[純アルコール換算量(g)=飲んだ量(ml)×度数×0.8(アルコールの比重)※ビール500mlなら、500ml×0.05(アルコール度数5%として)×0.8=20g]

この記事によると、アルコールもれっきとした薬物であり、コントロールができなければ簡単に依存症になるとのこと。

イベントなどでみんなと飲む「機会飲酒」から始まり、そのうちイベントがなくても晩酌などで飲む「習慣飲酒」となる。

それが、飲まないでいるとつまらなくなる「常用量依存」へと進行し、危険を自覚するように。

が、ここで思いとどまることができなければ、危機感は薄れていき、依存症へと進んで行く、というコースだ。

この手の話は散々読んできた。私は違う。この記事で言えば、晩酌程度の「習慣飲酒」の段階だ。

その反面、あの酒の魔力の前に無力を感じることも多く、「もしかしたらすでに私はあいつらの手の内に収められているのでは」と思わなくもなかったのである。

無意識に、向かい合うことを避けていたのかもしれない。もっと飲んでいたいから。えっ、なんかアル中みたい・・・・・・・・。

酔いたいから飲んでいたのだ。酔ってなんぼである。酔わない酒など、酒ではない。

つまり私は、ヘベレケになりたかったのだ。ラリパッパ。バカに、アホになりたくて飲むのである。快楽以外に、何がある?快楽以外に、何が残る?

それどころか、翌日の二日酔いだ。前夜のやらかしの記憶も辛く、身体的にも精神的にもキツい。

それでも私は飲んだ。飲めばそんなことを忘れ、楽しい世界に行かれるから。これ、この思考、薬物患者そのものではないか。

ソバーキュリアス。

最近話題になっているライフスタイルで、「飲めるけど、飲まない」という選択だ。「飲めないから飲まない」のではなく、飲めるけど、あえて飲まない道を選ぶのである。

飲むことでいかに多くの物を失うのか、飲まないことでいかに多くの物を手に入れるのか。

飲酒歴のある人がそれに気づいて生活を改めるパターンが多いようだったが、私には響かなかった。

まるでピンと来なかった。胡散臭い宗教みたいに感じられた。

ところが、先のニュースを読んだ時に、ピタッとシンクロしてしまったのである。その時、私が見ようとしなかったものが、ついに表に出てきたのである。

「お酒がないとできないこと」というものが、すでにいくつかある。

例えば、美味しいものを食べる時。

いい音楽を聴く時。

友達と会う時。

以前、喉の治療で2週間禁酒したことがあったが、予想以上に地獄であった。何もできないのである。

何をするにも「どうせ飲めないし」、と不貞腐れ、せいぜいゲームをやって寝るという週末であった。

精神的な依存は否めない。

「断じて依存症ではない」と豪語するなら、美味しいものをお酒抜きで食べ、いい音楽を友達とお酒抜きで楽しめなくてはならないのである。

で、「依存で何が悪い、ちゃんと生活はできている」と来るのだが、それとてギリギリの最低ラインではないか。

酒は、長時間に渡りラリッている時間に加え、翌日の二日酔いで気力までも奪って行く。

その時間があれば、何ができる?

私には、やりたいことがたくさんある。やらなきゃならないことも。

時間がないのでもう無理だと諦めたものもある。

時間がないんじゃない。酒に持って行かれているのだ。

今、私の父は、短歌の本を出そうと必死になっている。

歳も取り、頭もだいぶボケてきて、焦っているのだ。鬼気迫る勢いと言っていい。

父にはもう、時間がない。そして時間を捨てている私。

まだ奴らの誘惑は強い。何とか上手くやっていかれないかと考えてしまう自分がいる。

それでも初めて、「迷い」というものが生まれたのだ。

何だか大切なものを失い続けている気がしてきている。

そしてその反対側には、眩しい未来が待っているような・・・。